先日、人間ドックのため朝から病院に行ってきました。人間ドックとあらば公然と会社をお休みさせてもらえて、費用は会社持ちとくる。とてもありがたい。

ドックは待ち時間の長さに閉口しますけど、その間に読書が進むので悪くない。病院の待合室はこの世で最も本の読める場所の一つだと思います。なんであんなに本が進むのだろう。

肝臓に何も脂がついてなくてキレイです、が今年のお医者さまのお褒めの言葉でした。でも、運動しましょうねって言われるのは毎度のこと。運動すれば怪しい数値も下がるそうです。運動しなきゃ。

五十歳も過ぎれば身体にいろいろガタがきておかしくなくて。ちょこちょこ言われましたけど、とりあえず今回も大きな指摘もなく、今年のドックは終了。


で、人間ドックの待ち時間の間、本を読むついでに、昔作った自分の歌の歌詞を手直ししてました。頭の中でアレコレ考えてるだけですけど、これやってるととても時間が潰れるんです。人間ドックの時によくやってます。

帰りに喫茶店に寄って、お茶しながらタブレットに改めて打ち直して、一応の直しをみたのが「一時間」という歌。
「一時間」

目を閉じ 眠るように
君はいつも物思いに沈む
僕ら 互い違い 同じものを
別の角度で見ている

何かにとらわれては
大事な事 忘れてしまう
怠惰な夢のような
君の午後は
日差しに溶けはじめてる

すぐにも、今すぐにも、と
君も僕も心を揺らす
小さなその変化を
見逃さぬよう
二人でいたはずなのに

努力は身を粉にして
君の夜が夜明けへと向かう

世界が地響くほど
物語は火急を告げて
躊躇の間もなくなる
夢はいつか夢じゃなくなる

すぐにも、今すぐにも、と
君も
僕も言葉を無くす
どうしてそれが出来る
そこにあって何もなかった
僕らの一時間は
水のこぼれたテーブルの上で
時計よりも無機質に見える

目を閉じ 眠るように
君は はるか 物思いに沈む
僕ら 互い違い 同じものを
別の角度で見ていた



2013/11/11 2:54
~2014/2/24 1:23
〜2024/12/02 15:58


mathis


これは11年前に書いた「すぐにも」という歌の手直し。一回か二回、人前で歌ったことありますが、それ以来ぜんぜん歌ってないので、今回直しを試みました(直しても暗い)。でも、これがギターを持って歌ってみると、きっとまた歌詞が変わってくるのです。次の休みになったら様子をみてみます。


自分の歌の歌詞を書き直すことは、わりとちょくちょくやります。あまり歌ってない歌を特に、暇があれば手を入れてみたくなる。書き直しもほとんど趣味です。上手く直せた時は新曲が書けた時と同じくらい達成感があります。

歌を作って《ああ、もう直すところはない》と思えばこそ、よし完成、とするのですけど、それでも時間を置けばアラが見えるものもあって、足りてなかったり、逆に書き過ぎていたり、別の適切な言葉があったりと。

試しに直してみるとスッキリして生き返ることもあるし、直してもどうしようもないのもある。せっかく作ったのに歌ってない歌は、歌いにくい理由が絶対にあるのです。



余談ですが、4年前の人間ドックの時も受診中に歌詞の手直しをやっていて、その時は「ゆりかご ほうき星」を作り替えました。これは直した直後の動画が残ってます。

動画で歌を聞き直すと、歌詞を考えていた時の風景(磐田病院の廊下)が脳裏にフラッシュバックします。この歌は歌詞を直すまで人前で一回も演奏してなかったので、直せて良かった。思い出したけど、「ゆりかご ほうき星」以外にも、「アリストテレスの夢」「物語を待っている」も病院でずっと歌詞を考えていた覚えがあります。


余談2。人間ドックって前日の夜21時以降は何も食べないでください、とか言われて、僕も普通に言われた通りにする訳ですが、連れ合いの知り合いにツワモノがいて、明日は人間ドックだから20時59分まで呑んでやった!と威張っていたらしい。それは大丈夫なのか。一応時間は守ってるからいいんでしょうけどね。



マシス