先週、谷川俊太郎の訃報のニュースを聞いてウワーとショックを受けてた時に、友部正人のニューアルバム『銀座線を探して』がAmazonから家に配達されてきました。待っておりました、と思うと同時になんてタイミングかとも思った。
北海道の新聞の記事に、友部さんが谷川俊太郎の訃報にコメントを寄せている、と友部正人ファンサイトにアップされていたので、写真をスクショ拝借失敬。これまでにも谷川俊太郎は友部さんのエッセイに推薦文を寄稿したり、友部さんの主催した朗読コンサート【no media】に出演したりと、その親交が知られてました。

僕は詩に関して不調法不勉強ですが、谷川俊太郎の詩は好きだと思った作品がいくつかあって、本棚をパッと見たら著書を四冊ほど所有してた。まぁ、日本における詩人のイメージを大衆レベルで確立した巨人ですよね。詩の本を最初に自分でお金を出して買ったのが谷川俊太郎でしたので、後に友部正人と親交があると知った時はなんだか嬉しくなったものでした。

中島みゆきは若い頃、谷川俊太郎の詩と出会って、多少でも詩が書ける、と思っていた自分の鼻っぱしらを折られた、と語っていた記事を何かで読んだ記憶があります。詩人、物書きにかぎらず、谷川俊太郎が多くのシンガーソングライターにも影響を与えたのでしょう。

個人的な感想ですが、そんな中でも谷川俊太郎と友部正人は近いというか、お互いに意識して共鳴し合っていたような、それぞれの作品に、これって友部正人みたい、これってすごく谷川俊太郎っぽい、と感じることがすごくある。谷川俊太郎だって初期の詩からだんだん友部正人化していったのでは?、って僕はちょっと思ってます。
(詩人を挙げて比べるなら、友部正人の歌は谷川俊太郎、それ以上に西脇順三郎の詩がより《友部っぽい》とは思う)


そんなこんなモヤモヤ考えつつ、新しいアルバム『銀座線を探して』を開封してまず一回、歌詞カードを見ながら全曲一気に聴きました。
その後に歌詞をしまって、耳のみで噛み締めるように聴きました。カーステレオでもずっと聴いてみて、ようやく馴染んできた。バラエティに富んでいて、曲順の並びもとてもいい。友部さんはまたしても僕たち聴き手の前に驚くような風景を連れてきて、僕たちがビックリしてる横で静かに佇んでくれている。素敵なアルバムを作ってくれて嬉しいです。
街全体が祭壇だ、と歌うオープニングの「陸前高田のアベマリア」は、昨年観たライブで聴けていた一曲ですけど、アルバムで歌詞カードを見て聴いて、改めて良い歌だと思った。《君に会えて良かった》の響きがお涙頂戴に傾き過ぎてないのがいい。

アルバムタイトル曲「銀座線を探して」は、弾き語りで最初に聴いた時に《しぶーやー》の地名で何故かえらく感動したのが忘れられない。このバンドアレンジも悪くないけど、しぶーやーの破壊力は弾き語りの方があった気がする。《街は勝手に生きている/生きていた人を置き去りにして》のフレーズが秀悦です。

「小林ケンタロウのいえ中華」はわりと軽めのテーマで可笑しみがある歌。尖ってる友部正人が好きなファンはケッて思うかもだけど、こんな歌は他の誰もやろうと思わない。バイク事故にあった小林ケンタロウに思いを馳せる友部正人が、なんか愛おしい。

「月がボタンをかけた夜」を聴いた時、これはすごく谷川俊太郎っぽい、と思ってしまったのは、今のタイミングで聴いたのも大きいです。アルバムで最も抽象度の高い歌詞で、この切り口、言い回しは実に友部正人らしくて、谷川俊太郎の常套句とも言えると思う。

「クミタテール」オモチャが行進していきそうな可愛いワルツ。そんな曲調だけど歌詞はギョッとするシリアスなテーマを扱ってます。おそらくは実際の事件のニュースなどからインスパイアされたのでは。

「ポテトサラダ」はタイトルのホンワカ印象と裏腹に、アルバムの中でも最も激しい曲調。シャウトする友部さんがカッコイイ。ポテトサラダとミスマッチなフレーズのミルフィーユ構造な歌詞。

「明日になれば」は、病気をされて入院していた時のことを書いた歌。お医者さんとのやりとりを歌にする人はなかなかいない。詞から友部さんの病室での素顔が見える一曲。

「クワガタ」はライブで初めて聴いた時は《真面目にクワガタの歌を作るなんて》と笑ってしまったけど、実はこれが良い歌。手のひらの上のクワガタの死骸から、友部正人の内面宇宙まで飛んでいく。バンドでなくギター1本で歌われてるのがまたいい。

「一枚のレコード」はこのアルバムで一番胸にスッと飛び込んできた歌。ただ、中古レコードを一枚手に入れた、というだけの歌なのに、完成度が妙に立ってるのが不思議。

「水上アパート」はおそらく海外旅行記。フランスに水上アパートがあるかは知らないけど、この歌詞はいいですね。これぞ友部正人って歌。ひんやりした空気と俯瞰の描写がとにかく素晴らしい。でもこのアルバムの中だとちょっと地味かな。

「小鳥谷」(コヅヤと読むみたい)の作曲は、このライブレコーディングに参加しているおおはた雄一。まるで友部さんが作ったみたいな自然なメロディで、ちょっとカバーして歌いたくなります。陸前高田で始まったアルバムは小鳥谷で終わり。こじんまりと静かなエンディングです。


以前の日記にも書いた通り、本アルバムは今年の6月に観客を入れたライブハウスにてライブ録音されたものだそうです。おそらく奥さまでプロデューサーのユミさんのアイデアでしょうが、現実的に予算の都合もあったのかしら。

スタジオとミュージシャンを抑えてのスタジオレコーディングと、バンド形態で事前にみっちり練習して、ライブで一発ドンと録音するのと(二日間のライブでも)、ライブ録音の方がお手軽でお安い気がしますものね。

たいていライブ録音って、後からスタジオで修正をいっぱいかけると聞きますけど、友部正人はそういうのやらなさそうですね。直したらライブじゃないし、もし一箇所失敗しても《最初からもう一回歌います》と言いそう。

とても素敵なアルバムで気に入りましたが、ライブ録音ゆえ、声がくぐもって歌詞の一部が聞き取りにくい箇所もあって、普通にスタジオで録っていたら出来はどうだっただろう、と考えたりもます。しかしそれは、歌を前もって聴いて、勝手にアルバムバージョンを夢想してしまってたからで、最初っからこのアルバムで聴いていたら疑いもなく《これが最適解》と納得してたかと思う。


追記。何回か聴いてみて思ったのですけど、友部正人の歌って、実際に自分で口ずさんでみると、その良さがさらに分かります。全ての人に試してみてほしい。

CDに合わせてうろ覚えでいいので。友部さんの言葉を自分の口から発してみる、するとあの言霊が憑依して、おいおい友部正人ヤバいぞ!?と震えます。コレ、本当ですから。
日曜日に地元神社の新嘗祭のお手伝いを終えてきて、ヘトヘトになって倒れてる僕に珍しく寄ってきた猫の図。


マシス