アニメ平家物語が終わっちゃいましたね。ここ最近はずっとこれだけを毎週楽しみに観ていて、え、11話で終わり?と、ちょっとびっくりしてたところです(よく11話で収まったなぁと感心するべきか)。

平家物語のアニメ化、と聞いた時は、なんでいま平家物語?と思ったけど、監督が「けいおん!」の山田尚子さんで、キャラクターデザインが高野文子さんと聞いて、これはひょっとして良いんじゃないか?と、一話から録画してみたのです。
いま平家物語を創りたい!と企画したクリエイターの皆さんに拍手ですね。よくぞマァこんな売れそうもない地味な企画を通してくれました。エライ。世間の評価はわからないけど、僕はとても楽しめました。先ほど録画してあった最終話を観終え、嗚呼、祇園精舎の鐘の声、クラクラ脳天がボーッとしびれました。
そもそも僕は平家物語に詳しくなくて、源平合戦の義経の活躍を知ってた程度です。余談ですが、僕のお袋の実家が四国で、子供の頃に屋島へよく連れてってもらってました。山の上に水族館があったのですが、いまでもあるのかな。屋島の水族館に行くたびに、ああ、屋島の戦い、義経が崖を下った場所かー、と子供心に思ったものでした。
アニメを観始めて、平家物語って原作はどうなんだろうと気になって、図書館で簡単に読めそうなのを借りて読んでみました。

子供用に読みやすくした一冊ですが、僕にはちょうど良かった。古文の取っつき難さもなく、読み物として楽しめました。驚いたことにアニメのストーリーが結構そのままで、忠実にやったんだなーって感心しました。
アニメでは《びわ》という女の子がオリジナルキャラクターで出てきます。彼女の視点で平家の栄華衰退が描かれるのですが、琵琶奏者である彼女は、平家が滅亡した後、平家のありし日を語り継ぐ存在なのです。
清盛も重盛も維盛も資盛も清経も敦盛も、宗盛も知盛も、みんな死んじゃった。みんな死んじゃったけど、けど、びわが語り継ぐことで、彼らが生きていた証を残せる。ただ死んでいったんじゃない。彼らは生きて、生きて、生きた。
平家は滅びると、知っていても、物語の後半は切ないです。平家にあらず者は人にあらず、と好き勝手やった平家一門だって、みんな人間で、平家コンチクショーと思っても、戦場で身内が亡くなれば身を捩り声を上げて泣き悲しむ人がいる。
愛する人を失って悲しんでる姿を見ると、もうこんなこと止めようよって言ってやりたくなる。なんで人が人を殺せるのよ。戦はダメですよ。
最終回を観て、頭がポーッとしたのは、やはり絵の美しさ、キャラクターの愛らしさ、それと平家物語の冒頭の文句が重なってゾクゾクしたから。戦のシーンでも生々しい描写をせず、花が落ちるような抽象的な表現で残酷さを描いたのが、かえってゾッとした。美しくてゾッとしたのです。
もうひとつ余談。平家の人は名前が誰が誰だか覚えられねーと僕が愚痴ったら、《平家はみんなモリモリいってるからね》と連れ合いに笑われました。確かにモリモリいってる。連れ合いは大学で国文学科だったので、僕より平家物語はぜんぜん詳しいです。いろいろご教授頂きました。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす
奢れる人も久しからず
ただ春の夜の夢の如し
猛きものもつひには滅びぬ
ひとへに風の前の塵に同じ
平家物語の冒頭の一文、久しぶりにそらで言えるようになっちゃいました。
