ミュージシャンのことを書いた本は大好きです。本人が筆を取った自叙伝でも、評論家の解説本でも、あたかもその音楽を聴いているように楽しい。本を読んでいると音楽を聴きたくなって堪らなくなってきます。

休みになって台風が来ていて、昨日今日と家で部屋の片付けをしつつ、ずっとゴロゴロしていました。気圧が下がって頭が痛いこんな日は、本を読みながら音楽を聴いてるのがいい。いや、結局いつも同じことをしてるのだけど、こういうのこそ良い休日。
「スティーリー・ダン・ストーリー」はタイトルのまんま、スティーリー・ダンの伝記本です。数年前に名古屋のジュンク堂書店で買って、あまりに分厚いので、読んでる手が痺れそうになるから、時間がある時にゆっくり読もう、とよけておいたら、うっかり忘れてしまってた一冊。

おお、こんなの買ってたっけな、と先々週から読み始めて、ようやく先ほど読み終えました。もう、面白くて面白くて。

スティーリー・ダンはずっと好きでした。特にドナルド・フェイゲンは僕が世界一好きな歌声の持ち主で(世界一の歌声は何人いてもいいのです)、今でもしょっちゅう聴きたくなる。

今回、この本を読みながらBGMにスティーリー・ダンのアルバムを時系列で聴いてたのですけど、最っっ高に気持ち良かった。アルバム全曲のレコーディングエピソード、聞き所のポイントを解説付きで聴くようなものですから、どのアルバムも面白いったらない(途中、早く『Aja』の話になれ!と、もどかしかった)。

スティーリー・ダンの全アルバムに加えて、ウォルター・ベッカーのソロ2枚、ドナルド・フェイゲンのソロも4枚を押さえて語ってくれてるのが嬉しい(フェイゲンの『サンケン・コンドズ』(2012)だけ曲ごとの解説はなし)。おかげでこの本を読んでいた二週間はスティーリー・ダンとドナルド・フェイゲンのアルバムにドップリ浸かってしまいました。なんて素晴らしい夏でしょう。


数々の傑作アルバムを残し、80年代に突然活動を停止したスティーリー・ダンこと、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーのコンビは、僕にとって長いこと生ける伝説のような存在でした。どんなに一目見たくても、どんなに新作が聴きたいと恋い焦がれても、決して叶うことのない、幻のようなグループだったのです。

飽くなき音の求道者。妥協を許さない完璧主義者。そのアレンジの緻密さ、楽曲と演奏の素晴らしさから、ファンはもちろん同業者からも一目を置かれるようになります。

レコーディングに予算と時間を湯水のように使い、曲ごとに有名ミュージシャンをとっかえひっかえ、高額のギャラで散々弾かせて、結局ほんのワンフレーズしか採用しなかったとか、贅沢な武勇伝はこれまでいくつも伝わってきてました。
(それでもミュージシャンにとって《スティーリー・ダンのレコーディングに呼ばれた!》というのがステイタスになってたってのも凄いですね)

アルバム『ガウチョ』(1980)を最後に、スティーリー・ダンはなぜ活動を停止したのか。本を読んで納得した気がします。『Aja』の桁外れのヒットの後、完璧主義者の二人にのし掛かった次作へのプレッシャーは相当だったことでしょう。

次第に、ミュージシャンがどんなに素晴らしい演奏をしても、二人には納得出来ないようになってしまったとか。それは消耗しますよ。もはや神経症ですもの。

フェイゲンは何を作っても自分で納得出来なくなり、傑作ソロアルバム『ナイト・フライ』のあと、長い長いライターズブロック(曲が書けない病)になってしまうわけです。80年代の空白は当然と言えば当然だったのです。


まさか90年代に入って、スティーリー・ダンが復活するなんて夢にも思わなかったし、来日公演のチケットを取って生のスティーリー・ダンを観ることができるなんて、夢のまた夢でした。名古屋勤労会館で観れた時は、それは嬉しかったなぁ。


この本、2017年にウォルター・ベッカーが亡くなった後に加筆されていて、スティーリー・ダンの終焉を本当の意味で書ききった形となっています。もちろん、今後ドナルド・フェイゲンが一人でスティーリー・ダンを名乗る可能性もゼロとは言わないけど、ウォルター・ベッカーが居ないスティーリー・ダンは、フェイゲンこそ認めない気がしますね。

ドナルド・フェイゲンがメインボーカルで、とりわけフェイゲンのソロアルバム『ナイト・フライ』が素晴らしかったがゆえに、ウォルター・ベッカーはドナルド・フェイゲンの添え物みたいに思っている人もいるみたいですが、この本を読むと、それがとんでもない間違いと分かる。

あの活動停止中でさえ、二人は決して喧嘩別れではなかった。変わり者同士のこの二人の仲の良さは、読んでいてちょっと感動的ですらあります。どれだけお互いの感性を信用していたか、フェイゲンが曲作りにおいてどれほどベッカーを頼りにしていたか。二人ともぜんぜん社交的じゃないのに、なんて不思議な絆なのだろうと思いましたね。


そんなわけで、ここんとこずっとスティーリー・ダンばかり聴いていました。時系列でスティーリー・ダンを聴くなんて、これまでやったことなかったけど、これはとても楽しい時間、発見の連続でした。

スティーリー・ダンに駄作なし、の噂通り、個人的な好みはあるでしょうけれど、どれも聴いて決して損はしない。
1stアルバム『キャント・バイ・ア・スリル』(1972)はとても好きなんです。大傑作『Aja』よりも僕が繰り返し聴いた一枚。冒頭の「ドゥ・イット・アゲイン」が大好きなのもあるけど、なぜか無性に聴きたくなるアルバムです。

3rdアルバム『プレッツェル・ロジック』(1974)は僕にとってのスティーリー・ダンのベストワン。曲が短くてメロディのポップな曲が多いのがツボで、特にA面の頭から4曲の流れが最高。とっても優れたポップス曲の見本市のよう。音もこの頃はまだバンドっぽい生々しさがあって良いんです。

2nd『エクスタシー』(1973)と4th『うそつきケティ』(1975)は、掛川の老舗レンタル屋リキが閉店する時に、中古セールで買いました。世間のアルバム評であんまり騒がれてない二枚ですが、繰り返し聴き返してみるほどに良い。演奏もカッコいいし名曲揃いです。この二枚の良さは今回の再発見でした。

5th『幻想の摩天楼』(1976)は正直、聴く回数の少なかったアルバム。聴いてみたらもちろん、これもいいですよ。人気曲「緑のイヤリング」だけじゃなく、「アルタミラの洞窟の警告」とかカッコいい曲が多い。

6th『エイジャ Aja』(1977)は、わざわざ言うまでもなく傑作。傑作過ぎて一発で満足しちゃって、実はあまり聴いてない感もあるけど、今回聴いたらどれもイントロの音だけで昇天しそうになった。タイトル曲の「Aja」のピアノの音の美しいこと。歌メロディと《丘の上に~》で始まる歌詞の素晴らしいことよ。

『ガウチョ』(1980)はもう、緊張感を通り越した穏やかさというか、恐ろしく計算された凪って印象。「バビロン・シスターズ」はインパクト強いけど、アルバム通してトータルで一曲って感じ。これも『幻想の摩天楼』と同じく聴き返す回数は少なかったけど、間違いない大傑作ですね。聴いてなかったのは何か悪いわけじゃもちろんなくて、一回聴くとお腹いっぱいになるほどスゴイってこと。

(今回の聴き直しでもっともハマったのは『ガウチョ』でした。今後も聴けば聴くほどに発見がありそう)


そして、時系列通り、この後はちゃんとドナルド・フェイゲンの『ナイト・フライ』(1982)を聴いて、その11年後に出た『カマキリアド』(1993)を聴きました。

『カマキリアド』は懐かしかった。購入した当時の興奮は覚えています。ドナルド・フェイゲンの11年ぶりの新譜ですもの。期待しかなかったですよ。『ナイト・フライ』と比べたら酷だよな、とか生意気にも思ったけど、嬉しくてよく聴きましたよ。

『カマキリアド』の後に出たウォルター・ベッカーのソロアルバム『11の心象』(1994)も当時買いました。評判は《『カマキリアド』よりも素晴らしい》とか書いてあるのを読んだけど、僕は一度か二度しか聴かなくて、何年か前に手離してしまいました(ベッカーの2ndソロ『サーカス・マネー』(2008)と一緒に)。ちょっと後悔してます。いまスゲー聴き直してみたい。

そして、まさかまさかのスティーリー・ダン復活です。ライブアルバム『アライブ・イン・アメリカ』(1995)が出て、その5年後には『ガウチョ』から20年ぶりのスタジオアルバムが遂に出る。

『トゥ・アゲインスト・ネイチャー』(2000)は、フェイゲンの『カマキリアド』と印象が似てるように思えます。音がクリア過ぎて、耳に尖って聴こえました。けど、『カマキリアド』よりスティーリー・ダンのがぜんぜん好きだと思いましたね。二人で作ると曲が格好良くなるってことでしょう。

その3年後に出た『エヴリシング・マスト・ゴー』(2003)は僕は大好き。この本の筆者は不満があるみたいだったけど、どの曲もキュッとコンパクトでチャーミング。これは買った当時も今もずっと好きだな。「ピクセリーン」とかこれぞスティーリー・ダン!って感じで堪らないです。


ドナルド・フェイゲンは今73歳でしたか?。もう体力的にレコーディングもライブパフォーマンスもキツイだろうけど、いつまでも元気で、できれば新作を聴かせて欲しいという夢があります。来日公演もして欲しい。

ちょうど、こんな本を読んでるタイミングで、今年2021年9月にドナルド・フェイゲンのライブアルバムが出るらしい、というニュースを見ました。なんと『ナイト・フライ』の全曲再現ライブとか。買うしかないでしょう。期待しかないですよ。なんたってドナルド・フェイゲンですもの。

 


さて、今日からは、フェイゲンの『モーフ・ザ・キャット』(2006)と『サンケン・コンドズ』(2012)を聴くのです。まだまだ記憶に新しいこの二枚、はっきり言ってどちらも大好きです。最高にヒップなこの二枚で、僕のスティーリー・ダン夏祭りは終了です。



マシス