僕は歌を創る際、歌詞のない曲がどんどん貯まっていく傾向にあります。作詞が遅すぎて、曲の出来る速さに追いつけてない訳です。悲しき文才の無さ。

なので毎日、なにかしらの歌詞を考えながら生活しているような状態です。いつだって宿題はある(なかったためしがない)。大抵は何曲か同時進行で、悩みつつも頭の中のパズルで常にフンフンと遊んでます。

でも、ここのところ新しい曲をあまり作ってないので、歌詞付け待ちの曲の在庫そのものが減ってきました。僕としたら過去にないくらい、急ぎ仕事のない状態(誰にも急かされてないけど)。

曲を書いてないのはスランプとは思ってなくて、原因ははっきりしてます。生の音楽の現場に触れる機会が減ったからです。

僕は今現在、イベントはフリーダムフォーク集会のみ参加させてもらってますけど、フリーダムをやった直後は歌がサクサク出来るのです。面白いほど作業が進む。なるほど、誰かの演奏を直に聴いて、もしくは自分がステージに立って刺激をもらうことが、少なからず創作にも影響してたのだなー、とコロナで改めて認識しました。


先日のフリーダムフォーク集会の直後も、家に帰ってから一気にガーッっと書けて、作りかけの歌がひとつ出来た。やった。

この歌、メロディは一昨年に静岡のセノバで買い物中に浮かんで、とっさにその場でガラケーに小っさく歌って録音しておいたものです。いま歌ってると、その時のセノバのエスカレーターを降りていく風景が脳裏に蘇ってきます。
「駱駝」

針の目を
心はすり抜ける
遠くまで僕たちは
脚を運ぶだろう
覚えていなくても
太陽が生まれた時間を
旅して来たことを
出会えたつながりを
数えている
数えながら
月が昇る丘を
いつもラクダの背に
いつもラクダの背に
揺られてる

お金持ちが悪い人ではなく
良い人が天国に行けるって
だからなに
心は変わらない
だからこそこうして
懲りずにまた
砂丘の入り口を
目指してゆくのだろう
意固地だから
意固地のまま
飲み水を気にして
いつもラクダの背に
いつもラクダの背に
揺られてる

意味のないことを
している時も
意味はある
馬鹿を見ると知ってて
馬鹿を見る
頭のイカれてる音楽を
鳴らせば鳴らしただけ
針の目を
心はすり抜ける
何度でも僕たちは
ここに集うだろう
言葉にしなくても
太陽が生まれた時間を
また旅してゆくだろう
夢見てしまうだろう
歳月を秤にかけ
飲み水を片手に
いつもラクダの背に
いつもラクダの背に
揺られてる


2021/06/28/10:03
2021/07/12 11:40


マシス