ヴァン・モリスンの新作アルバム『レイテスト・レコード・プロジェクトvol1』は、なんと全28曲二枚組。すべてヴァン書き下ろしの新曲です。ヴァンの創作の泉は尽きることがないのか。

この二枚組を、とっかえひっかえ部屋で聴いてます。休みとか、天気の良い日に窓を開けて、部屋に風を入れてかけてるとモウご機嫌。心地好いこと心地好いこと。

ひょっとしてJ-POPしか聴き馴染んでいない耳だと、こういう音楽は《メロディに起伏が少なくてつまんない》《聴きどころがつかめない》とか思うのかも。いやいや、そこはヴァンの声とバンドの音をただダラダラ聴いてればいい。近年のディランよりははるかにメロディに愛嬌があって聴き易いと思いますよ。Disc2の《なんでFacebookやってんの?》って歌とか、まさかヴァンの口からFacebook?って出るなんて面白いじゃないですか。
ヴァン・モリスンはもともと多作で、その上このコロナ禍の中、ライブができないものだから、ひたすら新曲を作ってレコーディングに明け暮れていたとか。もう、ミュージシャンの鏡。私は当たり前のことをしたまでだ、とヴァンの無愛想な声が聞こえてきそうですが、誰でも出来ることじゃない。
ディランも昨年に新譜『ラフ・アンド・ローディ・ウェイズ』を出してましたね。あれだって二枚組みたいなもので、こちらも素晴らしい出来でした。ディランもヴァンも逆境に燃えるタイプなのかも。逆境好きというか、不満や怒りをパワーにするタイプだと思う。
好きなミュージシャンが、二枚組もしくは三枚組のアルバムを出す、と聞くと、ちょっとワクワクするものがあります。やった!新曲をたくさん聴けるじゃん、って嬉しくなる。
これがライブアルバムとかベスト盤だと、わりとよくある企画だし、既発曲が入るでしょうし、嬉しいけどありがたみが違う。すべて知らない曲をスタジオ録音した、新曲ばかりの二枚組ってのがいいんです。
実際、二枚組のアルバムって名作も多いです。ウッカリ何かの拍子で二枚組になっちゃったなんてことはあり得ない。《作りたい》《出したい》って確固たる気持ちがあればこそ二枚作っちゃう訳だから、内容も充実して当然か。
発売するレコード会社側とすると、よほど売れてるミュージシャンでも、二枚組、三枚組は躊躇するらしいですね。時間も制作費用もかかれば、当然CDの値段も高くなる。値段が高いと買い手も手を出しにくいので、売るのが難しい。いろいろとリスクが大きいのでしょう。
ダウンロードで音楽を聞く今の時代では、アルバムの概念も、当然二枚組を作るって発想も意味合いも何もなくなってきてる。僕は二枚組の名作って今後も出てきて欲しいと思うのですけどね。
オール新曲の二枚組アルバム、って聞くと、ビートルズのホワイトアルバムをまず思い出します。もしかしたらこれが世界で一枚有名な二枚組アルバムかもしれない。

のちのちのミュージシャンはみんなこれに憧れて、いつかは二枚組を出してみたい、と思ったんじゃないでしょうか。
ジョージがビートルズ解散後に出した『オール・シングス・マスト・パス』は三枚組。これも《発表したい!》が溢れてたんだろうな。
《新作が二枚組!》で世間を驚かせたアルバムというなら、『ブロンド・オン・ブロンド』も多くの人が挙げるでしょう。
邦楽だと、サザンは《二枚組を出してやるぞ》って強い意志を持って二枚組を出した印象があります。
僕の世代だと、省吾の『J-BOY』は二枚組アルバムの絶対のマストです。
二枚組というと、個人的には僕、HARRYの『狼煙』がとても好きなんです。

バンドとソロのキャリアを積んだ後に、ここへきて新しいソングライティングにチャレンジしてるのがスゴい。スライダーズにはない日本語の生々しさ、楽曲の面白さを二枚組で繰り出す意欲には大いに感動したものです。
自分のCD棚をちょっと見ただけでも、二枚組三枚組の名作はいっぱいありました。ひとつひとつは語り切れません。以下はジャケット写真で失礼。
ああ、もう写真も上限いっぱいで貼れない。ストーンズの「メインストリートのならず者」とか、マナサスの1stや、ジミヘンのELLとか。でも、こう見ると男ばかりですね。女性ミュージシャンは二枚組を作ることに興味ないのかしら。
マシス













