子供の頃に映画をテレビでちらと観たことあった、横溝正史の長編小説「病院坂の首縊りの家」を読み終えました。連休前よりチマチマ読んでいて、やっと終わった。上下巻二冊読んで、お腹いっぱい。面白かったです。
僕は金田一耕助シリーズ中、「病院坂~」だけは読むのは後回しにしよう、と思って、あえて買わないようにしていた作品です。なぜなら、これは“名探偵”金田一耕助の手掛けた最後の事件、という設定の物語だからです。そう言われたらなるたけ最後の方に読みたくなるじゃないですか。

「病院坂の首縊りの家」ってタイトル、いかにも横溝正史ミステリーといったもの。横溝ミステリーはタイトルがどれも秀越ですね。「犬神家の一族」「獄門島」「悪魔の手鞠歌」「八ツ墓村」などなど、タイトルを見るだけでもう、どんなスゲェ話なんだ、とワクワクさせてくれます。

今年になって、ブックオフで「病院坂~」を見つけまして、さすがにもうそろそろ読んでもいいかな、と思って購入。ワクワクしながら読み始めました。が、これがどうにも読み進められなくて苦戦しました。横溝正史の名作は昔いくつも読んで好きだったのに。

なにせ上巻では、キャラクターの人間関係の説明が延々と続いて、上巻の3分の2辺りまで事件が起きない。そこまでが長い長い。上下巻合わせて三日もあれば読めるだろう、とたかをくくってましたが、物語が頭に入ってこなくて進まないのです。

ちなみに、上巻の事件の舞台は昭和28年で、下巻はその20年後の昭和48年が舞台。下巻では20年前の事件のモヤモヤしてた真相を解き明かす、ざっくり言うとそういう骨格の話です(下巻でも新たな事件が起こるけど、20年前の事件と因果関係がある)。


読みにくかったのは多分、台詞の言い回しのセンスの古さ、そこがまず気になってしまったから。当時の若者言葉らしきものを果敢にも出してくるのだけど、残念だけど使えてない。これって今風でしょ?って感が上滑りしてるように感じて、覚めてしまったのです。

ジャズバンドのメンバーの通称もキツイです。テキサス野郎のビンちゃんとか、マイアミまあちゃんとか、そんな名前で呼ばれても嬉しくないでしょ。物語の重要キャラなのに、ネーミングセンスがエースのジョー的な代物で苦笑しちゃう。
(これが今じゃなく発行当時に読んでたなら、ここまでダサく感じなかったかも?)


GWの時、他の本は一切読まず、休み中に絶対読み終わろう、と気合いを入れていたけど、止まっちゃ読んで、読んじゃ止まっての繰り返し。結局上巻を読むだけに一ヶ月以上かかってしまった(GW終わっちゃってた)。写真の上巻のカバーがボロボロになってるのはそれだけ長く持ち歩いてたからです。

でも下巻に入ってからは早かった。後半の金田一耕助が謎解きを始めてからは手が止まらず、速攻で読めました。

本の帯にある森村誠一の煽り文句《横溝正史の集大成》という感じ、それは分かります。壮絶な殺人現場、ドロドロな人間関係、その複雑な人物相関図、常軌を逸した犯行の動機、と、横溝正史っぽさが満載です。

そりゃ無理があるわー、って説明も、当然ある。犯人が被害者の首を切る理由とかね。作者が生首出したいだけじゃんって笑っちゃう。けど横溝ミステリーはそこが味とも言える。

娯楽読み物としては、登場人物多すぎな感もありますね。上下巻合わせて80人近いキャラクターが入り乱れてる。

ブログで手書きの家系図を公開してる強者もいらっしゃいました。
誰の娘が誰と誰で、その娘がこういう性格で誰とくっついて、その息子がこういうことやらかしてあっちの娘と、、その孫が、、って。途中何度も中断しながらの読んだら、余計に訳が分かんなくなった。

この話の肝って《人間関係の業》なのに、謎解きされても、誰が誰だっけ?になっちゃって、ハーそうなんだ、くらいにしか思わなかった。四世代分の人数だと、説明されてもつい読み飛ばしちゃいます。

まぁ、そこを丁寧に根気よく内容を追えていたなら、別の感慨があったかも。

ネタバレに気をつけて詳しくは書きませんが、トリック解明シーンは素直に面白かったです。メインのトリックはぜんぜんバレてんだけど、なぜお前があいつを?の点が印象的だし、あと下巻の同窓会場面でのあれのトリックとか、考えてんなぁって思った。



「病院坂~」以外にも、“探偵の最後の事件” を描いた作品は海外国内にいくつかあります。

シャーロック・ホームズなら「最後の事件」/コナン・ドイル

エルキュール・ポアロの「カーテン」/アガサ・クリスティ

神津恭介シリーズの「七福神殺人事件」/高木彬光

などなど

ホームズや神津恭介はその後も何度も復活してますね。でも、どの作品も作者の分身ともいえる探偵の退場劇ですから、ショボい事件には出来ないぞ、って作者の気合いを感じます。

アガサ・クリスティは元気なうちにポワロの退場劇を書いておいて、自分の死後に発表した。自分の預かり知らぬところで、他の作家の手によってポワロが書かれるのを許さない、という意志です。

その意味では「病院坂~」は「カーテン」の影響は間違いなく受けていると思いますね。その後も「悪霊島」まで金田一シリーズは続けられましたが、どれも「病院坂」以前の事件、という設定なのです。だから「病院坂」は正しく《金田一耕助最後の事件》。でも、この事件で金田一が引退しちゃう理由、あんま説得力なくない?


「病院坂~」は世間的には小説より、市川崑監督の映画の方が認知度は高いかもしれません。僕は観たことあるはずなのに全く内容を忘れてます。この内容をどうやって二時間の映画に収めたのだろう?と思ってたら、なんと映画では下巻のエピソード全削除で、上巻のうちに事件を解決してしまってるらしい。一度ちゃんと映画も観てみたいです。


そんなことを思ってたら、なんと来月、六月のWOWOWで市川崑の金田一シリーズが全部やるらしい。なんてタイミングのいいこと。一応全部録画しておこう。


追記 : この日記を書いたら、茶木みやこさんの歌のことをコメントくださった方がいました。以前にエスケリータ68の後藤さんが《茶木みやこのような世界》とラフレシアのことを評してくださったのを思い出しました。テレビの横溝正史シリーズの挿入歌として、怪しい雰囲気を醸し出してましたね。マムゼルにも以前、茶木さんはライブに来たことあるんだそうです。コロナ騒ぎが落ち着いたらまた来て欲しいですね。


マシス