今年、年内に僕が購入した新譜としては、おそらく最後の一枚になりそうなポール・マッカートニーの『マッカートニーⅢ』。もう既に聴かれた方も多いと思います。僕も年末休みに入って、家や車でシコシコと聴いています。
マッカートニーと自分の名を冠したアルバムは今作で三枚目。すべての楽器をポールが一人で演奏した多重録音アルバムです。ライナーの解説では、 Ⅰ と Ⅱ との違いは Ⅲ にはリンダの声が入ってない、と指摘していて、なるほどと思いました。

で、このシリーズですから、内容も大方の予想通りというか、愛すべき凡曲がてんこ盛りです。昔のように朗々と声を張って歌うのがおそらくしんどいのか?メロディの起伏が少なめで、いわゆるポールらしい名曲って呼べるような歌はほぼ入ってません。

既に本作を駄作呼ばわれしているレビューがネットに挙がってるのをいくつか読みました。僕はそこまでヒドイとは思わない。決して嫌いじゃあない。いいのです。ポールは時にこういうトホホなアルバムを作っちゃうことも含めて愛されていると思う。だってポールですもの。

あのポール・マッカートニーがこれを家で一人でせっせと作ってるところを想像しながら聴くと、なかなか楽しめます。一曲目からギター、ベース、そしてドラムと楽器の音がひとつひとつ生々しくて、ワオって思う。長くて後半ダレルけど。

『マッカートニー』には「恋することのもどかしさ」「ジャンク」という名曲があって、『マッカートニーⅡ』には「ウォーター・フォール」がある。

それに比べて『マッカートニーⅢ』を聴いてて、この調子でこのまま終わっちゃうのかなー、と思い始めるとアルバム後半に、ようやく「スィーズ・ザ・デイ」が出てくる。ああ、良かった、とここでホッとします。「スィーズ・ザ・デイ」もネットレビューでは駄曲とクサしてる人がいたけど、僕は好き。

さらにネットでは、ポールのボーカルの衰えがことさらヒドイ、と嘆くレビューも結構見ました。でもそれは年齢を思えば仕方ないこと。むしろよく保ってる、頑張ってますよ。あのビートルズのポール・マッカートニーがビートルズ解散してから50年以上経って新譜をいまだに出すんですもの。昔とはそりゃ違うでしょうよ。

帯に書かれた《メイド・イン・ROCK DOWN》の文字がいささか大仰に感じますが、これは多分その通り、イギリスはコロナでロックダウンしてステイホームを強いられ、そんな状況だからこそ作れたアルバム、と言っていいのでしょう。よく出してくれたと言いたい。こんなの出すな、なんて言う輩は聴かなきゃいい。


そして、日本ではユーミンが《今年アルバムを出す》《この未曾有の事態の年を記録せずにおくものか》とアルバムを作ってくれました。
『深海の街』 / 松任谷由実

スミマセン。ユーミンは買ってません。レンタルで今日借りてきて聴けました。それこそ、今年のうちに聴くことに意味があるかな、と思っていたので、聴けて良かったです。

まだ一回しか聴いてないので感想も何ですけど、前作『宇宙図書館』よりも僕は好きかもしれません。
(追記。繰り返し聴くほどに、その意は強くなった。曲の粒が揃った良いアルバムです)

ポール以上にユーミンも、近年の歌声の衰えを嘆くレビューの声は聞こえてきます。確かに、もし近年のアルバムが昔の声で歌われていたら、と僕も夢想しなくもないです。声が苦しそうに聴こえちゃうと、作品に集中できずに我に返ってしまうことがあるから。でもポール同様、キャリアが長ければ声は変わって当たり前で。

聴く以上はそれを《新しい声》と受け入れて楽しめるようになりたい。今作はそれがかなり良い線いってるんじゃないでしょうか。今の声が活きた楽曲になってる。


声はフィジカルなものだから、加齢や肉体の衰えによってキーも下がるのが普通なのだそうです。声を出すのが苦しいと、当然作る歌にも影響は出てくるでしょう。

では、自分はいつまで今の声で歌えるだろうか、と考えたりもします。

今のところは、ですが、キーだけの話なら、かろうじて20代の頃のキーを保ててる。むしろ少しだけキーは上がってる。僕は発声は我流ですが、そんなでも、多少は昔よりも正しい発声で歌えるようになってきたのかしら。そうだといいのですけど。

でもさすがに年と共に、声を出すのに疲れ知らず、とは言えなくなってきた。声帯は磨耗品なのだそうで、なるべく長く歌うべく、長持ちしてもらいたいのです。