神様がひとつ願いを叶えてくれるなら、自分に能力を一つだけ与えてくれるとしたら、何を望むでしょう。確かに、自分の足らないところに関しては、もう少しアレがこうだったら良かったなー、と夢想することはあるもので。
(夢想してるんなら少しは努力して近づこうとしなよ、と言うのは正論。これは《たられば》の夢想の話で、お遊びです)
お金持ち、とか、永遠の若さ、とかは、あまりに俗過ぎるから神頼みは無しとする。顔が横浜流星だったら、ってのは、マァ望まない(そもそも横浜流星さんの顔を覚えてないし)。今さら自分の顔は、シワや白髪も含めて(増えたらイヤだけど)改めて神様にどうこうしてもらいたいとは特に思わない。こんな顔でも長い付き合いですし。朝起きて自分がいきなり横浜流星や佐藤健の顔になってても、困る。
音楽を作って、歌を歌ってると、やはり音楽の能力はもっと欲しいと思います。神頼みして叶うなら、声域をもっと広げたいし、楽器の演奏能力だって欲しい。けど、これもやはり俗っぽいですね。そりゃ、欲しいですよ。万人を唸らせる歌声と演奏力ってやつ。そんなの、あるに越したことないですもの。
でも、もし、マシスがもともと声がもっと出てたとして、ギターがメチャクチャ上手かったとしたら、絶対に今やってる音楽はやってないと思う。逆を言えば、僕は歌唱力も演奏力も足りない分、今のスタイルに特化しようと思った。そこは間違ってなかったと信じてるので、それを思うと、現状もまんざらじゃないのか、と思えてきます。ないなりに、有るものを駆使して頑張ってきたから。
強いて神様に望むなら、《作詞センス》が欲しいです。歌詞を書くのは大の苦手なので。まるで呼吸をするかのように自然にバンバン素敵な言い回しを思い付ける作詞能力。これはスゲー欲しい。
何でもない他愛のないことを詩的に美しく紡げる力。メロディと有機的に絡んであくまで自然に説得力を持つ言葉を紡げる能力。僕がずーっと欲しくて焦がれてるものです。僕は文才に乏しいので特に強く思います。
でも一応、そこは日々精進。センスってのは方程式はなくて、とにかく書いて書いて身体に覚えこませるしかない(と思う)。自転車に乗るのと同じで、身に付いてさえしまえば、きっとどんな言葉を使っても紡げるようになるはず(と思う)。
センスを身につけるって、その身に言葉の神様を降ろして住まわせるようなもの。持ってる人ってのは、ミモフタモナイ言い方をすれば、天才のことです。
このセンスに長けている人、《持ってる人》の筆頭といえば、やはり忌野清志郎と中島みゆきでしょう。どんなに憧れても真似すらできない。この二人は詞を書くとき完全に言葉の神様を降ろしてるなって思う。作品を聴くだに、次から次へと繰り出される言葉づかいの一つ一つがもう、ニクい。さりげなく自然なのに上手すぎますから。
持ってる人、他には誰がいるでしょう。谷山浩子は絶対で、山田稔明や平井正也も完全に神様を持ってます。
でも、そんなところでしょうか、パッと思い付くのは。職業作詞家では、松本隆、あと僕の大好きな山川啓介。そうはいないですよ、持ってるなーって人。BUMP OF CHICKENの藤くんや椎名林檎も神様に愛されてますけど、この二人は世間の価値観を自分たちに力業で寄せちゃった印象。それはそれで凄い才能です。
僕が愛してやまない佐野元春や友部正人は?そこは実はちょっと系統が違う気がします。乱暴に言えば、この二人が宿してる神様はボブ・ディランですので、文法は現代詩寄りの印象。二人の作る歌詞は死ぬほど好きですし、憧れてますけどね。
理想としたら、自分の作る歌が、自分の好きな歌に仕上がってほしい。それだけです。他はいらない。もし知らないところで聴いたら思わずその歌のファンになっちゃうような、そのくらいの歌を作れるようになりたいですし、作れる技術を身につけたい。神様どうかお願いします。

