2018年に発売されたb-flowerのベストアルバムを、SEEDレコードより通販で購入しました(ギルバート・オサリバンのチケット払戻金にて)。配達された封筒の送り主欄には、担当者 : 八野となっていて、これって、やはりb-flowerの八野英史さんだよな。
八野さんが僕の名前と住所を手ずから書いて送ってくれたのか、と思ったら、ちょっとドキドキしました。直筆だ直筆。
そう、そもそも連休中のこと、通販サイトにてカタログを見ていたら、90年代に聴き狂っていたb-flowerへの愛が沸々と甦ってきて、おお聴いたことないb-flower関連のCDがいっぱいあるじゃん欲しい欲しい、と焦がれていたところに払戻金です。
音楽によって生じた払戻金、音楽に浪費するのがいい。
心がとろけそうになる音楽。好きだったからもちろん知ってはいたけど、ホント、宝石のような楽曲たちですね。それは高価なジュエリーのようで、露店で見かけるオモチャの指輪のようで、川の中で光る小石のようでもある、誰もが一度は胸に描いたことのある輝きを放つ。知ってる歌はもちろん、知らない歌も余さず全て美しい。とろけます。
おこがましい話ですが、マシスの作る歌って、b-flowerの後を確実に追いかけている(追いかけたがっている)。決して意識はしていないし、真似もしてない(出来ない)のに、こうして改めて聴くと、俺って八野さんのフォロワーじゃん、と気付かされます。
八野英史の作る歌世界は、言葉の小道具が素晴らしく多彩で巧みで、映像でものの見事に心象風景を語ります。そこのところ抜群に上手いです。僕は誰の才能にも負けず劣らず、八野英史の才能が羨ましくて仕方ない。
ベストアルバムにはb-flowerのファンブックのような小冊子がついてまして、これがなかなか読み応えがあるボリュームでした。b-flowerの歴史と楽曲のライナーがメンバーのコメントでたっぷり綴られていて、知らなかったb-flowerの歴史が知れて、面白かった。
載っていた八野さんのコメントで、すごく印象に残った一文があるので、引用させてください。
↓
《何しろ作っても作っても全く売れないので、これはもう僕らの音楽なんて誰からも求められていないんだなと。これ以上不燃ゴミのようなもん世に残してもいかんだろうと、2003年以後、僕自身は音楽を作るどころか、聴くことも、ギターに触れることもなくなって、そのまま5~6年が流れました。
そんなある日、ネットで「b-flower」って検索してみると、今なお昔の僕たちの曲を聴いてくれたり、宝物のように思ってくれている人たちの存在が。「あれ、そうなんだ。もしかして僕は音楽を作ってもいいってことかな?」と。》
↑自分の音楽は誰にも必要とされてないんじゃないか、って虚無の感覚、わかります。でも、誰かにとっても宝物たりえるんですよ。
そして2008年、八野さんはLivingstone Daizyというバンドで音楽活動を再開(b-flowerは2012年に再始動)。今回Livingstone DaizyのCD、買って、聴けました。

よく、昔好きだった音楽を聴くと当時を思い出す、とか言いますけど、90年代、二十代の多感な時期に、僕はb-flowerを、あるいはL⇔Rを聴いて、なーんて素敵なものを見つけてしまったんだろう!と、とびきりワクワクしたのです。その時の胸の熱さが、聴いてて、グーっと甦ってくるのですよ。本当に胸が熱くなる。うっかりするとちょっと泣きそうにもなる。
もちろん、今だって音楽は大好きだけど、あんな風にあそこまで夢中になって心踊らせることって、今後おそらく二度とないでしょうね。二十代のあの時期だけに持っていた感性が、奇跡のように反応したのだろうな、と思うと、なおさら込み上げるモノがあります。

