自分の作った歌のCDを作る、ってのが10代の頃よりの夢でして、20年前にあすとらの音源を作った時は嬉しかったし、今回マシスの音源を作れたのも感慨深いモノがあります。
いまや、誰でもパソコンで手軽にプロみたいな音源を作れるご時世ですが、僕は打ち込み音楽も好きだけど、やはり人が演奏している音が好きで。僕の場合は全部、楽器をちゃんと手に持って、下手なりにも一人でチマチマと鳴らした音を録りました。自分で演奏できない音はひとつも入れていません。
結果として、アレンジもつたないし、歌も演奏もあちこちフラフラしてる。《ズレてるじゃん》《ショボいな》と自分でも思うけど、そこはもう、僕はそうでなきゃイヤだからそうしました。
いや、でも、締め切りって大事です。今回オール・マシスの日にCD持って行く、って決めてなかったら、ラフレシアのもマシスのも絶対に完成してないと断言できる。いまだに《あの歌も入れたい》《ここがダメだ》《やり直し》と延々とやってたと思います。あるいは疲れて投げ出してたかもしれません(大いにあり得る)。
今回、50歳になるタイミングで作れたってのも、記憶に残るし、お値段をつけた音源をお客さまに手にとってもらえたのも良かったです。
CDのお値段は、迷いました。自分の音源を聴いていただけるなら、無料で配ることにしたって全然良かったのです。実際にそうしているミュージシャンの方も大勢知っています。お金を稼ぐ目的じゃなく聴いてもらう方が大事って考えは共感するところです。
その一方で、何年か前のことですが、とあるミュージシャンの方とおしゃべりしていて、CD作りの話になった際に、《どんなに安くしてもお金は絶対に取るべき》と僕に強く言ってくださった方がいました。
それを言われて最初は、制作原価くらいはペイしなよ、って仰ってるのかと思ったら、それだけではなかった。
要は、CDを手にしたユーザーが《これは自分が幾ばくかの対価を払って手に入れた音楽なのだ》と思って聴いてもらうのと《タダでもらっちゃたから聴こうか》とでは意味が全然違ってくるよ、と仰る。おお、なるほどなーと思いました。
ハッキリそうとは言わなかったけれども、《タダなのに結構良いでしょ?》《つたないところもあるけどタダだからご愛敬ね》という言い訳を自分に許すんじゃないよ、胸をはって自分の音楽の価値をユーザーに問いなさいよ、と言われたように思えました。
オール・マシスの日のチケット代も、そうです。入場無料にしたって良かったけど、CDのお代と同様、二度とやれるかわからない自分のイベントだからこそ、おこがましくも今回は木戸銭を設定させていただきました。
CDもイベントも、対価を支払ってくださったお客さまが、あれ、値段のわりにちょっと面白かったね得したねぇ、と思ってもらえるよう、頑張りました。結果は、楽しんでもらえたことを信じるしかない。落語の「寝床」にならなかったと信じたい。
日が変わりましたが、昨日27日に50歳になりました。SNSでのたくさんのお誕生日メッセージありがとうございました。50代も音楽を日々の生活の糧にして、のんびりアクセクやっていきます。今後もどうぞよろしくです。
マシス


