先日のフリーダムフォーク集会の際に、下尾真秀としばらく振りに話せて、ああ相変わらずだな、と安心しました。知り合ってかれこれ26年、懐かしい話をしたり、近況を話し合ったりと、旧交を温めることができました。
1993年12月6日に、下尾が企画してくれたイベントで、僕は人前で歌を歌う一歩を踏み出しました。当時ヤツは20歳で、僕は23歳。基本的に二人とも、その頃から何も変わっていないと思います。下尾は当時からあんなヤツで、僕もこんなんでした。
下尾のことは、僕は勝手に《兄貴分ぶりたい甘えん坊》という印象を持ってます(怒られるかな)。先日も、いろいろヤツが言ってくれるのを、おお大した情熱だわ、と僕は静かに聞いてたのです。いいことを確かに言うんです。けど、《男の子の夢だなー》とも思う。親身なアドバイスをもらって、どうしたものかなーと考えてみたりして。ホント、面白い男です。
漠然とした書き方をしていますけど、歌が抜群に上手い下尾真秀は、どんな風呂敷を広げても、その歌さえあれば最後は説得できちゃう。それは下尾だからできるんだよ。アンタは何をしても、歌さえ忘れなければ、いつだって同じところから始められる。
何でもやってみるがいいよ。僕も僕のできることを地道にやっていく。そしてまた、こんな風に近況を照らし合わせよう。今度会うときはきっと、もうちょっと面白い報告ができると信じて。
僕はこれまで、自分で歌イベントの企画をしたことがありません。一度も、ありません。ずっと、すべて誰かからのお誘いで歌ってきました。《歌いに来てよ》《ここでなら歌えるよ》と言ってもらえて、初めて《人前で歌う理由》ができると思ってた。需要があってこそで、自分勝手に出てっていいモノじゃないと。それくらい、人前で歌うってのは特別なことだと。それは今でもそう思ってます。
マシスはワンマンやらないの?と、ごくごくたまに言ってもらえることがあります。そんなことがもし出来たら、それはこの上なく贅沢なことですけど、イヤイヤ、お客さん呼べません実力が足りません、と、そこは正直に答えます。
本音の本音。
ヒトサマの時間とお金を、自分の歌に費やしてもらうなんて、なんておそれ多い、大それたことでしょうか。自分に、お客様の払った木戸銭に見合う歌が提供できるのか?応援してくださーい、と胸を張って言えるだけの価値が自分にあるのか?そう思っちゃうと、《この日に唄いますから来てくださいよー》なんて企画を立てることが、分不相応に思えて(需要ないのにモノを作って、知り合いに売り付けるみたいな)、で、今日まできてしまった。
だから《マシスこのイベントで歌ってよ》って言われるのはありがたいんです。こんな歌で良ければどこでも行ってやろう、って思う。精一杯お客さんに楽しんでいただけるように頑張ろうって思う。つまるところ、文ストの中島敦なみに《自分は必要とされてる》って需要を実感しないと、歌っててビクビクしちまうとこがあるのかも。
いや、歌うのに誰かの許可なんて要らないだろう、自分で人前で歌うと決めてノコノコ出ていってるくせに、その考えは消極的過ぎるだろう、って怒られそうですが、でも、本音です。
(その昔、とある歌い手さんに、怒られはしなかったけど、優しく諭されたことがあります。自分の歌を無価値のように思っては絶対にいけない、と。心に刺さるありがたい言葉でした)
なんでこんなことを書いてるかというと、ひとつ、企画を考えてるからです。自分で自分の歌う場所を作る、初めての企画です。こんなこと、考えていいのだろうか、と、こう書いてるうちにも思います。昨年よりフリーダムフォーク集会の段取り役を引き継いでから、ゆっくりと、頭のなかでぼんやり見えてきた絵です。
場所はマムゼルで、
おそらく半年くらい先に、
フリーダムフォーク集会の番外編として、マシスのわがままを何かやるつもりです。詳細は決まり次第報告します。
いろいろウダウダ書いてきましたが、今年、50歳になるので(早生まれなので来年ですが)、思いきってもよいかな、と思いました。50歳記念でもないけど、実際、今やらなきゃ出来ないような気もするのです。お店があって、仲間がいる今、声が出るうちに、身体が元気なうちに、自分が歌作りを面白がっているうちに、やっておきたい。試してみたい。
そんな訳で、マシスが何か言い出したら、温かくご協力いただけたら嬉しいです。
マシス
以下、この日記のボツ文章。くどい内容ですが、消すのももったいないので掲載。
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ナンシー関の著書の中に《ゴン中山のように、自分のことを名物男と自覚してる人はどうも好きになれない》と書いた文章があって、ことあるごとにその一説が頭に甦ってきます。僕は決して名物男にはなれないけど、自分を勘違いしちゃいかんよな、と、時をみて戒めるようにしてます。なまじ歌を歌ってると、どうかしたらうっかり勘違いすることもあり得るのです。
自分の音楽はドウデモイイ、なんて過ぎた謙虚さはいただけませんが、謙虚さは必要です。どんな凄いパフォーマンスでも、どうだ歌が上手いだろうギター上手いだろうステージ面白いだろう、なんてどや顔を見せられたら、興が覚めるってものです。
自分のやってる歌は、誰と比べるでなく、自分の好きなものを作れていると自負していて、歌ってる時は確かに、余計なこと何も考えず楽しんで歌っています。それでも、その歌をもって人前に出ていく時の姿勢だけは、面倒くさくても、自分なりに理屈を踏まえておきたいのです。
稚文長々と失礼しました。

