ご機嫌な歌が流れると、思わず一緒に歌いたくなる。今日は思いくそ歌いたいーって時は、思いくそ声を出せる歌のCDを車に持ち込みます。
たとえ大好きな歌でも、CDと一緒に口ずさんで喉が気持ちいいとは限りません。歌って気持ちいい歌は、やはり大きな声を出せる歌が概ね有効です。それにキーの高さとか、歌い手さんの発声方で、合う合わないが変わってくるものです。
喉を開くためなら、キレイにガッツリ歌う人を真似るのもいい。僕はさだまさしをよく使います。杉山清貴や角松敏生、井上陽水や山本達彦もいいです。達郎もいいけど、達郎を真似ると僕の喉が負けるので、曲によります。世良公則も軽く負けます。
大好きな佐野元春でも最近はキーが合わない。曲によります。僕の喉が喜ぶのは「BYE-BYE HANDY LOVE」とかでしょうか。最近は聴かないけど、初期の尾崎とか、辻仁成とかもいい。町田義人なんて最高ですね。町田義人は今でもよく歌ってます。
10代20代の頃にさんざん歌ってきた音楽に合わせて、いま歌ってみると、その当時の歌い方が甦ってきます。昔は声が出なかった箇所が今は出るようになってたり、昔は楽に歌えたところが苦しかったりと、その日の喉の調子が測れたりするのです。
さだまさしの「夕凪」の最後のフレーズ、《僕の影が消える前に》の《前にー》の《にー》が、いかに気持ちよく歌えるか。そんなことで、ああ、今日は調子いいなぁとか思ったりします。歌い手さんは多かれ少なかれ、同じようなことを感じたりしてるのではないでしょうか。
聴いていて思わず一緒に歌いたくなる歌って、最近の新譜ではあまり見つけにくいです。でも、矛盾するようですが、最近のでも《こーれは唄ったら喉が喜びそうだ》って歌はいっぱいあるんです。本当に、そこかしこに《歌って気持ちいい歌》はコラショとある。ただ、残念なことに、問題が一点。
僕が、それらの歌を好きになれない(泣)
これは本当に残念です。歌ったら気持ちいいのは判ってるのに、それらのCDを自分の車で流したいと思えないから、一緒に歌うも何もないのです。
歌うことのカタルシスを求めるだけなら、きっと節操なく歌っちゃうことでしょう。僕も15年前なら、カラオケでネタとして多分歌ってた。でも、この年にもなると、自分の音楽の好き嫌いは本当に純化してきてまして、好きでもない歌にわざわざ関わりたくない。そんなん聴く時間すらもったいないのです。

↑折坂悠太のアルバム『平成』は、最近の新譜の中では珍しく、一緒に歌いたくなった一枚。全部が全部じゃないですけど、歌ってて非常に楽しい。2曲目の「逢引」を歌ってると、喉が開いてくるのが実感できます。ぶっとい発声が痛快ですし、内容もご機嫌で愛聴してます。「旋毛からつま先まで」がポップで特にお気に入り。
年が明けてから、ずーっと喉に薄い幕でも張ったみたいな感じで、出したいキーに声がカツンと当たってくれなくて、ホントもどかしかったのですが、ようやく、なんとかなんとか復調の兆しです。ああ良かった。折坂悠太のおかげかも。
