何ヵ月か前のこと、職場の入り口の段差でつまずいて怪我をした従業員の方がいまして、《一に安全、二に品質》の我が職場、その事故を受けての対処で、工場のいたるトコロに危険注意を促すマークや標語を貼りまくったのです。

やれココが危ないアソコが危険だと、結果として注意書だらけの建物になった。
危険に対しての予防措置として、会社として何か手を打つというのは当然です。ソレはよく分かるのだけれど、この注意書の乱舞には、いささか参りました。《そこ危険》《段差注意》《扉を開ける前に左右確認》あれしろこうしろと壁に扉に貼りやがって、僕、見てたら真剣に気持ち悪くなってきて、《こんな場所にいたくない》と、逃げ帰りたくなった。

気にしすぎじゃ?、と言われそうですけど、ウチはただでさえ掲示物の多い職場で、やれ目標だ成績だ連絡だと、掲示物のプレッシャーに始終囲まれて仕事してるトコロに加えて、この注意書攻撃ですから。黙って仕事はしてましたけど、勘弁してくれよと思いました。
他の人は何も思わないのかホント不思議。神経質が過ぎるかしら?僕はその手では閉所恐怖のキライは多少あるけど、貼り紙に囲まれて怖くなったのも、なんか病名があるのかも知れませんね。

でも、ココ最近になって、ようやく、過剰なまでの圧迫感は薄れてきたのです。様々な注意書は依然として貼られてますが、もう、壁の模様みたいに思えてきた。それって、注意書の役目としたら意味ないんだけど、知ったこっちゃないです。


そういえば、僕はFacebookを始めて来月で(多分)一年になるのですけど、Facebookもちょっと最初はメゲましたね。情報がとにかく多すぎて(僕にとって、ですけど)。

《イベント告知や募集に便利だよ》と言われて、意を決して遅参ながら始めたのですけど、フタを開けたら、本当にのべつなく情報が飛び込んでくるので驚きました。誰がどこでライブやるとか、誰が何にいいねしたとか。みんな本当にマメで、僕の告知一つの間にみんな何十個と更新してくる。とても敵いません。チェックが追い付かない。


毎週のように誰かのイベントがあって、とても御し切れない、とコボシたら、連れ合いから《できるわけないじゃん。読み流せ》と諭されました。読み流す、ってのもどうか。皆さん告知に一人でもいっぱい来てください、って願いを込めてるわけですから(自分だってそうですからね)。


話がズレますが、少し前に、中村敦が10月14日に浜松で歌うのをSNSで知って、僕はチケットを予約しました。そのすぐ後で、知人がやるというイベントの開催日が10月14日と知って、アチャーとなりました。そしてさらにその直後、10月14日の昼間にマシスへのライブ出演のお誘いメッセージを頂いてしまった。

なんで皆、申し合わせたように10月14日?。

一応、思案してみたのです。昼間に歌って、その足で夕方から中村敦を観て、終わってから知人のイベントに(終わってるかもしれないけど)挨拶に顔を出す、ってスケジュールで行けるか、と。そう呟いたらまたもや連れ合いが《欲かいて詰め込んでやろうとするんじゃないよ》と一活。じゃ、おとなしく先着順で中村敦一本に絞るか。

その数日後、町内会からの連絡で、《町内会の祭典の反省会、10月14日ね》と言い渡され、オールオーバーです。今年僕は隣保班長ですから、モウ問答無用。仕方なし。《中村敦、スミマセンがキャンセルで》とお店に連絡を入れました。

なんか、迷いに迷った予定を白紙に戻されて、馬鹿馬鹿しいやら、それはそれでスッキリしたような気分です。予定を入れない休みってのが、実は一番好きです。




マシス