1991年4月25日、尾崎豊が亡くなった時、僕は21歳でした。ということは、あれから26年も経つのか。なんか不思議な感じがします。
先日のこと、家族で買い物をしている時にふと、尾崎豊の「存在」が頭の中で鳴り始めて、歌詞をどれくらい覚えているだろう?と思いながら歌を脳内再生してみた。すると、これがフルコーラスつるっと歌えまして。結構覚えているものですね。
唐突に尾崎を思い出したのは、数日前に買った雑誌に影響されてのことでしょう。

当時のバンドメンバーや小山卓治、息子の尾崎裕哉のインタビュー記事が載ってます。なかなか面白かったです。
尾崎裕哉は親父の歌を歌うよりも自分の歌を歌ってる時の方が、当たり前だけどイキイキしてて良いです。「27」って歌をテレビで聴いたけど結構良かった。そしてギターが上手ですね。ギターだけなら親父よりはるかに上手いと思いました。
インタビューでも、裕哉君はかなり地に足の着いたことを喋っていて、僕はこれを読んでだいぶ彼への印象が変わりました。頑張ってほしいとか無責任なことは言えないけど、この先に大きく才能が開花するよう化けてくれたら良いなぁと思います。
思えば、僕は尾崎豊を“十代の教祖”としてはそれほど興味なかった。歌詞の内容に共感とか、全くしなかったです。
じゃ何が好きかって、僕は尾崎豊があの男前な顔で、あの歌声で、ドロップアウトした側の心情を歌ってシーンに登場した、ってのが見ていてとにかく面白かったのです。尾崎豊の曲はポップで、一緒に大声で歌うのが気持ちいい歌だったから、愛唱歌になった。そこが大きい。
よくよく聞くと、尾崎の歌はメッセージの強いものって、実はそれほど多くない。尾崎自身ドロップアウト組ということで、何を歌ってもドロップアウトした者の叫びと取られたから、メッセージシンガーみたいに思われるけど。実際、メッセージソングの作り手としては尾崎はあまり巧みではないと僕は思ってます。そのかわり尾崎の編む散文詩の美しさは抜群です。
僕としては歌詞の内容がはっきりしたメッセージソングより、彼の散文のポップスが好きでした。「群衆の中の猫」とか「Forget-me-not」みたいな。
三枚目のアルバム『壊れた扉から』あたりで、僕の高校時代の友達(音楽ファン)はすでに“尾崎豊は若者の代弁者の次に何をやるつもりなんだろね”と話してました。いつまで“本当の真実”や“答え”を探し続けるんだろうと。
僕も正直、「FREEZE MOON」を歌っちゃったら、もうこれ以上言うことないじゃんって思った。「FREEZE MOON」って尾崎番「ロックンロール・ナイト」でもあるけど(尾崎番「悲しきレディオメドレー」とも言える)、ドロップアウト組からのメッセージ総集編みたいな内容でしたから。
もし次の一手があるなら、その手がかりは、僕が尾崎の歌の中で最も好きな「誰かのクラクション」あたりにあると思っていたのです。
「誰かのクラクション」はとてもシェイプが不格好な歌です。成り立ちがよくわからないし、ゴツゴツしていて危うい感じがする。そこがいい。歌詞は散文詩のようでメッセージのようで、何を言いたいかは明確でないのに何かが伝わってくる。そこのバランスが絶妙です。
《ピアノの指先のような街の明かりの中》
これとか凄く綺麗なフレーズで、とても良いのだけど、これは頭をひねれば浮かぶ性質の言い回しだと思うんです。凄いのはその後の一節
《ほら、街に産まれよう》
これですよ。これは絶対に尾崎、とっさの勢いで口について出たんだと思う。考え抜いて出るフレーズじゃないもの。反射神経の賜物のような名ラインです。
こういう別路線の歌で《若者の代弁者》からの脱却を、と試行錯誤してるようにも見えました。「彼」とかもそうですね。「彼」は散文が過ぎてちょっと苦手ですけど、試みは解る気がする。
十代のカリスマの次の段階はこっち方面か、と期待したのですが、
結局、その後も尾崎はファンの望む通り"真実"を探し続け、自分は聴き手に何を伝えられるかって使命に追われ続け、奮闘迷走疾走していったわけです。
アルバム『誕生』の中の「永遠の胸」と「誕生」の二曲は、尾崎なりの《探していた答え》なのだろうと思ってます。

ライヴCDを聴いていたら、ついつい昔みたいに大声で一緒に歌ってしまいました
マシス
先日のこと、家族で買い物をしている時にふと、尾崎豊の「存在」が頭の中で鳴り始めて、歌詞をどれくらい覚えているだろう?と思いながら歌を脳内再生してみた。すると、これがフルコーラスつるっと歌えまして。結構覚えているものですね。
唐突に尾崎を思い出したのは、数日前に買った雑誌に影響されてのことでしょう。

当時のバンドメンバーや小山卓治、息子の尾崎裕哉のインタビュー記事が載ってます。なかなか面白かったです。
尾崎裕哉は親父の歌を歌うよりも自分の歌を歌ってる時の方が、当たり前だけどイキイキしてて良いです。「27」って歌をテレビで聴いたけど結構良かった。そしてギターが上手ですね。ギターだけなら親父よりはるかに上手いと思いました。
インタビューでも、裕哉君はかなり地に足の着いたことを喋っていて、僕はこれを読んでだいぶ彼への印象が変わりました。頑張ってほしいとか無責任なことは言えないけど、この先に大きく才能が開花するよう化けてくれたら良いなぁと思います。
思えば、僕は尾崎豊を“十代の教祖”としてはそれほど興味なかった。歌詞の内容に共感とか、全くしなかったです。
じゃ何が好きかって、僕は尾崎豊があの男前な顔で、あの歌声で、ドロップアウトした側の心情を歌ってシーンに登場した、ってのが見ていてとにかく面白かったのです。尾崎豊の曲はポップで、一緒に大声で歌うのが気持ちいい歌だったから、愛唱歌になった。そこが大きい。
よくよく聞くと、尾崎の歌はメッセージの強いものって、実はそれほど多くない。尾崎自身ドロップアウト組ということで、何を歌ってもドロップアウトした者の叫びと取られたから、メッセージシンガーみたいに思われるけど。実際、メッセージソングの作り手としては尾崎はあまり巧みではないと僕は思ってます。そのかわり尾崎の編む散文詩の美しさは抜群です。
僕としては歌詞の内容がはっきりしたメッセージソングより、彼の散文のポップスが好きでした。「群衆の中の猫」とか「Forget-me-not」みたいな。
三枚目のアルバム『壊れた扉から』あたりで、僕の高校時代の友達(音楽ファン)はすでに“尾崎豊は若者の代弁者の次に何をやるつもりなんだろね”と話してました。いつまで“本当の真実”や“答え”を探し続けるんだろうと。
僕も正直、「FREEZE MOON」を歌っちゃったら、もうこれ以上言うことないじゃんって思った。「FREEZE MOON」って尾崎番「ロックンロール・ナイト」でもあるけど(尾崎番「悲しきレディオメドレー」とも言える)、ドロップアウト組からのメッセージ総集編みたいな内容でしたから。
もし次の一手があるなら、その手がかりは、僕が尾崎の歌の中で最も好きな「誰かのクラクション」あたりにあると思っていたのです。
「誰かのクラクション」はとてもシェイプが不格好な歌です。成り立ちがよくわからないし、ゴツゴツしていて危うい感じがする。そこがいい。歌詞は散文詩のようでメッセージのようで、何を言いたいかは明確でないのに何かが伝わってくる。そこのバランスが絶妙です。
《ピアノの指先のような街の明かりの中》
これとか凄く綺麗なフレーズで、とても良いのだけど、これは頭をひねれば浮かぶ性質の言い回しだと思うんです。凄いのはその後の一節
《ほら、街に産まれよう》
これですよ。これは絶対に尾崎、とっさの勢いで口について出たんだと思う。考え抜いて出るフレーズじゃないもの。反射神経の賜物のような名ラインです。
こういう別路線の歌で《若者の代弁者》からの脱却を、と試行錯誤してるようにも見えました。「彼」とかもそうですね。「彼」は散文が過ぎてちょっと苦手ですけど、試みは解る気がする。
十代のカリスマの次の段階はこっち方面か、と期待したのですが、
結局、その後も尾崎はファンの望む通り"真実"を探し続け、自分は聴き手に何を伝えられるかって使命に追われ続け、奮闘迷走疾走していったわけです。
アルバム『誕生』の中の「永遠の胸」と「誕生」の二曲は、尾崎なりの《探していた答え》なのだろうと思ってます。

ライヴCDを聴いていたら、ついつい昔みたいに大声で一緒に歌ってしまいました
マシス