風邪を引いて、日曜月曜と倒れておりました。でも、どうやら今日は仕事に行けそうな具合です。

もともと、ここ5日ほど風邪気味でしたが、土曜日のオーディションが終わって一気に来た。終わったヤレヤレ、と気が抜けてしまったのかもしれません。

先に歌の予定が入ってると、“歌の前に風邪を引く訳にいかない!”というプレッシャーがのしかかってきます。毎度のことではあるのですけど、夜更かしは控えなきゃ、うがい手洗いしなきゃ、と、不摂生できない気分になる。

自分の楽しみ(音楽)のためとはいえ、不摂生できない日常というのは堅苦しい。つまんないモノです。試合前のボクサーと比べてはおこがましいけど、歌い終わると“ああ不摂生できる”と開放感があります。

まぁ、僕の不摂生と言ってもせいぜい夜更かしくらいですから、我慢なんてタカが知れてますけど、絶対に我慢しなきゃって意識しちゃうと、かえって我慢がきかなくなるのが常です。


昨日は仕事を休んで、一日中寝てました。時折目覚めて水分を取り、枕元に積んだ落語のCDを聴いて、うつらうつらしていたのです

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僕が六代目三遊亭圓生のファンだと以前も書きましたが、中でも好きな演目を上げるなら「淀五郎」と「中村仲蔵」に尽きます。どちらも歌舞伎役者の物語です。

落語家さん自体、舞台で様々な人物を一人で演じ分ける、いわば舞台役者なワケですが、その落語家が歌舞伎役者を演じる。これが様になる人はそうはいません。僕は歌舞伎に関しては不調法で全く知りませんが、こと演芸モノを演じることにかけて、踊り、芝居に通じた六代目三遊亭圓生の右に出る人はいないと思うのです。

「中村仲蔵」は当然のことながら、「淀五郎」にも話の重要なキーパーソンとして仲蔵が出てきます。芸に困って悩む淀五郎が中村仲蔵に相談に行くところ、ここの仲蔵が実に良いんです。


“三河屋さんを恨んじゃいけないよ。あれは皮肉を言うが、お前さんに見込みがあるから言ってくれてンだ”

「中村仲蔵」では市川團十郎に可愛がられた仲蔵が、歳を経て同じように淀五郎に慈愛の意見を与える。悪戦苦闘する淀五郎が愛らしくあり、仲蔵の大きな優しさ、まるで自分のことを諭してくれるように心を打つのです。


“上手いことを鼻にかけた気障な芸だ”と、圓生のアンチは多いようですが、僕は圓生が落語の入り口でしたので、志ン朝や談志も大好きですけど、結局は圓生に戻ってきてしまう。圓生は滑稽噺も楽しいのだけれど、やはり人情噺がいい。「淀五郎」と「中村仲蔵」は何度でも聴いてしまいます。

日記のタイトルは「中村仲蔵」にしましたけど、どちらかといえば僕は、大人の余裕たっぷりな仲蔵が聴ける「淀五郎」が好き。お涙頂戴ではない人情噺ってェのが、なんとも耳に心地好いのです。

 

 

動画、みつけました。お時間のある方はぜひ

淀五郎/三遊亭圓生

 
↑僕の持っているCDとは違う音源ですが、良い「淀五郎」です。この音源は売ってるのかな。欲しいぞ





マシス