僕はソウル・ミュージックはそれほど詳しくないのですが、ソウルフルな歌声は聴いていてしみじみと《良いなぁ》って思います。
では、“ソウルな歌声”とは、どんな歌声のことをいうのか?僕は感覚的な感想でしか言えないのですけど、
腹の底から絞り出す声。声質のそればかりではなく、発声方法、それと歌い回しですよね。魂を震わす歌唱というのか
黒人ならソウルってわけじゃない。ナット・キンブ・コールの歌は素晴らしいけど、ソウルとは歌い方が違う気がしますし、僕の大好きなディオンヌ・ワーウィックもソウルって感じじゃない。
有名どころではアレサ・フランクリン、サム・クック、レイ・チャールズ、オーティス・レディング、ソロモン・バーク、B・Bキングなどなど、ゴスペル、ブルーズシンガーにはソウルな歌い回しが多いですね。
僕の大好きなスモール・フェイセズのスティーヴ・マリオットはソウルフルです。若き日のスティーヴ・ウィンウッドの歌い方も大好き(もちろん今も良いけど)。
日本人なら、忌野清志郎は高い声だけどソウルフル。あとは演歌か。北島三郎や都はるみはソウルな歌い方だなーって思う。
実はこの考え方は、ピーター・バラカンの名著「魂のゆくえ」を読んでの、自分なりの判断基準があるのです。
バラカンさんは《ジャクソン5の頃の幼いマイケルの歌声にはソウルを感じる》とか、《ウィットニー・ヒューストンはデビューした途端に歌声からソウルが失われた》などと、“ソウル”な歌声の定義について分かり易く例を挙げてくれてます。影響大です。
ならば
【問】白人のヴァン・モリスンの歌にはソウルがあるか?
当然あります!
ホワイトソウルの重鎮、ヴァンはソウルミュージックというよりは、
“VAN is VAN!”
、ヴァン・モリスンというジャンルがあると考えた方が僕はしっくりきます。
今日、ヴァン・モリスンの新譜『Duets』を買ってきました
ヴァンが自身のナンバーを豪華ゲストとデュエットした企画アルバムですが、これがもう、ゴキゲンなアルバムで!頭っから痺れてしまいました。
前作『Born to Sing:No Plan B』も大好きだったけど、またまた傑作が出ちゃいましたね。こいつは明るくてすごく親しみやすい作品だと思う。
選曲がまた渋い。全16曲のうち“ヴァンといえばこの曲!”って人気曲が一曲も入ってない。ゲストも何人かは名前も知らない人だけど、どの歌も本当にいい。沁みるし、血が騒ぎます。
大地のごとく温かく豊かなヴァンの声はいまだ健在です。
若い頃の“声で聴衆をなぎ倒す”ガトリング砲級のパワーシャウトは聴けずとも、70歳の今は、まるで重い石をズシンズシンと聴き手の胸に置いてゆくような、インパクトのある歌唱なのです。
帰り道の春の日差しの中、車でこれを聴いてひたすら至福でした
これ、きっと夏なら夏で、情熱的な歌が僕らの魂に火を着けてくれることでしょう。
秋の夜長なら、これほど心に深く染み入る音楽はないですし
冬には心と身体を心底温めてくれるに違いないです。
まさに春夏秋冬ヴァン・モリスン!
マシス