良い話を聞いても、すっと腑に落ちるモノと、ハイハイ良い話だねーで終わってしまうモノがあります。
説得力があるっていうのは、説得する側の力量よりも、受け取る側がそれを受け取りたいかどうかの話って、よく思います。
無関心な人に対して《俺の説得でこちらを向かせる》ってのは、けっこう傲慢な考えです。
こちらに向かせることがもし出来ても、それは元々その人がそれに興味を持つ素養のある人だったんでしょう。
営業力というか、拡散努力のタマモノなワケですね。
情報垂れ流し時代の今、興味ない人には迷惑な話ですが、《知ったら得だよ知らないと損だよ》が宣伝の基本ですので、仕方ない。
いらない情報は自分で選別していくしかない。
いろいろな考え方があるものです。
以前に山下達郎がラジオで《達郎さんの嫌いな曲特集をやってください》というハガキに対し、《そういうネガティブな企画はやりたくない》とバッサリ切った時は、なるほどー、と得心したものです。
それに倣って?、僕も公の場ではネガティブなことは(極力)言わないようにしています。
嫌いな音楽の話は絶対にNG。何かへの批判、攻撃的な発言、愚痴とかはついつい出ちゃうけど、言わないようにする。
ネットの日記の内容は当たり障りのないこと、基本機嫌の良いことだけでいい。僕にだって愚痴やら鬱屈したものは日々ありますけど、そこは書かない。書いて得することは絶対ないから。
怒りや愚痴、泣き言の全てが負のパワーとは思いませんが、僕自身、その手の文章を読んで楽しくないので、自分の公の文章では気をつけたいと思うのです。
僕も誰かとマンツーマンで喋るとよく毒づいてますけどね。愚痴は文章にしちゃいけません。
キース・リチャーズの言葉を借りるなら、トーク・イズ・チープ。グダグダ言わず《音楽で態度を示せ》、というところです。

歌は受信してもらうしかない。
自分が《良い》と思うことをブレずに続けていたら、ある日《これ》を好きな人が気づいて、面白がってくれるかも知れない。
例えそれまで興味なかった人も、その人の中の共通感覚が呼び覚まされるかも知れない
いつか誰かが、と、そこを信じていないと人前で歌えません
いつか誰かが来ないかも、という不安は、歌詞にして歌う
マシス
説得力があるっていうのは、説得する側の力量よりも、受け取る側がそれを受け取りたいかどうかの話って、よく思います。
無関心な人に対して《俺の説得でこちらを向かせる》ってのは、けっこう傲慢な考えです。
こちらに向かせることがもし出来ても、それは元々その人がそれに興味を持つ素養のある人だったんでしょう。
営業力というか、拡散努力のタマモノなワケですね。
情報垂れ流し時代の今、興味ない人には迷惑な話ですが、《知ったら得だよ知らないと損だよ》が宣伝の基本ですので、仕方ない。
いらない情報は自分で選別していくしかない。
いろいろな考え方があるものです。
以前に山下達郎がラジオで《達郎さんの嫌いな曲特集をやってください》というハガキに対し、《そういうネガティブな企画はやりたくない》とバッサリ切った時は、なるほどー、と得心したものです。
それに倣って?、僕も公の場ではネガティブなことは(極力)言わないようにしています。
嫌いな音楽の話は絶対にNG。何かへの批判、攻撃的な発言、愚痴とかはついつい出ちゃうけど、言わないようにする。
ネットの日記の内容は当たり障りのないこと、基本機嫌の良いことだけでいい。僕にだって愚痴やら鬱屈したものは日々ありますけど、そこは書かない。書いて得することは絶対ないから。
怒りや愚痴、泣き言の全てが負のパワーとは思いませんが、僕自身、その手の文章を読んで楽しくないので、自分の公の文章では気をつけたいと思うのです。
僕も誰かとマンツーマンで喋るとよく毒づいてますけどね。愚痴は文章にしちゃいけません。
キース・リチャーズの言葉を借りるなら、トーク・イズ・チープ。グダグダ言わず《音楽で態度を示せ》、というところです。

歌は受信してもらうしかない。
自分が《良い》と思うことをブレずに続けていたら、ある日《これ》を好きな人が気づいて、面白がってくれるかも知れない。
例えそれまで興味なかった人も、その人の中の共通感覚が呼び覚まされるかも知れない
いつか誰かが、と、そこを信じていないと人前で歌えません
いつか誰かが来ないかも、という不安は、歌詞にして歌う
マシス