ずっと昔、僕が自作歌を人前で歌い始めた当初の頃は、《誰々みたいだ》《誰々の○○に似てる》とか言われたら嫌だなー、と思ってました。
自作歌、と謳っておきながら、誰かの真似だと思われる自分はケシカランと。
とは言え、そこは天才でもない自分のことですから、僕のやることなどお里は知れるのです。
最近は言われてもいいや、って思うようになりました。故意に真似したのでなければリスペクトってことで。
考えてみれば、大好きな音楽の影響が、自分の音楽に出ないワケないのです。
個性的と言ってもらえるのはありがたいことですが、僕のやってることは全く珍しいことではなくて、広く世間を探せば僕そっくりな音楽をやる人がいても不思議じゃない。あんまり会ったことないけど、いたらいいなーって思う。
そんな歌い手さんにもし会えたら、ゆっくり話をしてみたいものですが
繰り返しますが、僕のやってることは珍しいことではなくて、僕がずっと大好きで聴いて来た音楽の影響そのまんまのはずです。
自分としては自分なりの王道で直球な音楽をやろうとしているのに、
気づいたら《ここ》に手を出す人は少数派だった、って感じです。
先日歌った際に、音緒さんから《今日の演奏は友部正人の影響を感じた》と言ってもらえました。
友部作品の特徴はそれと分かりやすいので、僕としてはそこの影響は外に出ないようにしていたつもりですけど、聴く人が聴けば聞き取れてしまうのでしょう。(恐れ多い)
音緒さんとは友部正人ファン同士ということで、以前より話をさせてもらってます
僕がさだまさしファンだと告白した時、音緒さんが《あ~、さだまさしか!納得》とおっしゃってました。
さだまさしと僕の歌で、腑に落ちるところがあるのかな?そこは自分じゃわからない所です。
やはり以前、旧友の音楽仲間、下尾真秀より《アマノちゃん(僕の本名)の音楽には佐野元春があるよね~》と言われたことがあります。
ヤツは僕の佐野元春好きをよーく知ってますから、どこが?そんなワケなかろう、と、その時は思ったけど。
でも、下尾がそう感じたなら、ひょっとして僕の歌の中にも少しは佐野元春的な要素があるのかも?知れない。それも自分じゃわからないことです。(恐れ多い)
いろんなモノでマシスの歌は出来ています
マシス
自作歌、と謳っておきながら、誰かの真似だと思われる自分はケシカランと。
とは言え、そこは天才でもない自分のことですから、僕のやることなどお里は知れるのです。
最近は言われてもいいや、って思うようになりました。故意に真似したのでなければリスペクトってことで。
考えてみれば、大好きな音楽の影響が、自分の音楽に出ないワケないのです。
個性的と言ってもらえるのはありがたいことですが、僕のやってることは全く珍しいことではなくて、広く世間を探せば僕そっくりな音楽をやる人がいても不思議じゃない。あんまり会ったことないけど、いたらいいなーって思う。
そんな歌い手さんにもし会えたら、ゆっくり話をしてみたいものですが
繰り返しますが、僕のやってることは珍しいことではなくて、僕がずっと大好きで聴いて来た音楽の影響そのまんまのはずです。
自分としては自分なりの王道で直球な音楽をやろうとしているのに、
気づいたら《ここ》に手を出す人は少数派だった、って感じです。
先日歌った際に、音緒さんから《今日の演奏は友部正人の影響を感じた》と言ってもらえました。
友部作品の特徴はそれと分かりやすいので、僕としてはそこの影響は外に出ないようにしていたつもりですけど、聴く人が聴けば聞き取れてしまうのでしょう。(恐れ多い)
音緒さんとは友部正人ファン同士ということで、以前より話をさせてもらってます
僕がさだまさしファンだと告白した時、音緒さんが《あ~、さだまさしか!納得》とおっしゃってました。
さだまさしと僕の歌で、腑に落ちるところがあるのかな?そこは自分じゃわからない所です。
やはり以前、旧友の音楽仲間、下尾真秀より《アマノちゃん(僕の本名)の音楽には佐野元春があるよね~》と言われたことがあります。
ヤツは僕の佐野元春好きをよーく知ってますから、どこが?そんなワケなかろう、と、その時は思ったけど。
でも、下尾がそう感じたなら、ひょっとして僕の歌の中にも少しは佐野元春的な要素があるのかも?知れない。それも自分じゃわからないことです。(恐れ多い)
いろんなモノでマシスの歌は出来ています
マシス