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小沢健二君のライブCDを聴いております。

2010年のツアーをノーカット?で収録した三枚組アルバムだそうです。ずっと欲しかったヤツで、ようやく手に入れました。

たいへん楽しい音源で、三枚のCDをとっかえひっかえ聴いているのですが


たくさんの懐かしい歌や新しい歌を聴いていると、チクチクと昔のいろいろな感情が蘇ります。

《そうそう、コレなんだよなー》としみじみ思う。何が《コレ》なのかは説明するのが難しいのですが。

切なさ、甘酸っぱさ。後は、悔しさ。チキショーって感情でしょうか。

小沢健二君みたいな音楽を作りたい、ってのとは違うのですけど、僕がずっと音楽に切実に求めているモノを、彼の歌から聴いてしまうのですね。


それは《琴線への触れ方》としか言いようがない、すこぶる感覚的なモノでして、

そこそこ自作曲を作ってきた割に、いまだ僕はコレがテクニックとして身についていないのです。

経験値は大して役に立ってない。計算でやろうとしてもコレにはならない。

自転車の乗り方を身体で覚えるように、皮膚感覚で身につけなければ意味ないモノ。

センスなんて言葉で片付けてしまうと身も蓋もないモノ。


僕はこれまでずーっと行き当たりばったりでやってきて、これからもずっと試行錯誤なのです。


アルバムの曲クレジットに《闇》《自転車》とか知らない曲名がいくつかあります。何かと思えば、そこは詩の朗読でした。

詩、というよりはエッセイの朗読と言うべきか。さながら元春のスポークン・ワーズです。これがまた実に面白い文章で、ガッと引き込まれてしまいます。

オザケンファンには新鮮でしょうが、僕は前より佐野元春のポエトリー・リーディングのパフォーマンスが大好きで、朗読には免疫がありましたから、小沢君のこのパフォーマンスにも驚くことなく、スッとのめり込めました。


収録曲で「ある光」がちょこっとしか聴けないのは残念。

「天気読み」から「戦場のボーイズライフ」へ繋がる箇所は、何度聴いても興奮するのです




マシス