例えば、作っている段階でボツにした歌詞を、後から発表しようとはまず思わないのですが

完成稿を一度上げたけど、歌う段階で割愛したフレーズとかあって、その場合は少し未練があったりします。


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先日のマムゼルでの音楽夜会の時ですが、「音楽家の居る庭」という、尺の長めの歌を久しぶりに歌ったのです。
(昨年11月のビスケットタイム以来、約7ヶ月ぶり)

そしたら出番の後、ある方より、“今日のはあれでフルか?”と聞かれました。


“あれでフルか?”

つまり、「音楽家の居る庭」という歌は、いま演奏した歌詞がすべてか?と問うたのですね。

ある方、おおやさんですけど


おおやさん、この歌はもっと長いと思ってくれていたのかしら


僕の書いた歌の中では、だいぶ毛色が違うので、多少気に留めてくださったのだと思うのですが(ありがたいことです)



仮に、演奏時間の都合で二番を歌わなかったりとか、他の歌ならとっさにやることもありますが、「音楽家の居る庭」の歌詞を割愛して演奏したことありません。毎回フルバージョンです。フルで演奏する時間がない時はハナから歌いません。

しかし、ちょっとドキッとしたのです。実はこの歌、最初の完成稿ではもっと歌詞が長かったのです。

作ってすぐに人前で歌ってみて、しっくりこなくて、しばらくほっておいて何年かした後に再トライ。今の形になりました。


今の形↓

http://m-pe.tv/u/m/novel/?uid=mathis70&id=4&act=viewPage&p=1



長い歌詞を間引いたことで全体がすっきりしたので、歌詞を削ったことは正解だと思ってます。


でも、作り手としては歌えなかった歌詞にもちょっと未練があって、


もし、この歌が多少なりとお客さんに定着したら、アドリブの体で新しい歌詞を盛り込んで驚かせよう、とかイランことを企んだりしてたのも白状します。



あらためて

以下、歌ってない歌詞を紹介




生き方がロックンロールだと言われて
喜んでいたあの人は
きっとロックンロールよりも

別のモノが欲しかったに違いない
庭の隅の酒蔵で音楽が発酵している

ヴィンテージのロックンロールが

封を切られるのを待っている


曲がり道の向こうが

結局何も見えてないなら
それを信じろって歌うのは

無責任じゃないのかい
口当たりのいいだけの愛の歌は

もう沢山でしょう
何の根拠もない夢や希望の歌も

もう沢山でしょう

自分の出番が終わったら

サッサと帰ってしまうあの人は
どうか私たちの演奏を楽しんでください、と

いつも満面の笑顔
そんなに急がないで

たまには耳を傾けたらいいのに
音楽家の庭に
聞こえてくる音に



以上。


歌詞に複数のモデルがいます。が、あくまで洒落ですので、個人を攻撃して怒らせたいワケではないです。けど不快に思う人もいるかもしれない。なので、歌うのを控えたってとこもあります。


この先、これを歌うことはないかもしれません。ためしに歌おうとしても、今のが体に入っちゃってますから、上手くいかないと思う。小出しになら、出来るか?



おおやさんに思わず、《作った時は実はもうちょっと長かった。歌ってない歌詞ありますよ》と告白したら、《全部聴いてみたいなぁ》と言ってくださったのです。


勿体ないお言葉、ありがたや



マシス