《歌はすぐそこに降りて来ていた/でも見つめると消えてしまいそうだった》


ディランの自伝からの言葉ですが、これ、すごくわかる

良い歌が浮かんだ!と思って、歌の体裁を整えようと勇んでいじくり回している内、《最初に思ったのと違うな》ってことになる


例えば音楽を聴いた時、本を読んだ時、映画を観た時、綺麗な景色でも何でもいい。感動した時


良いなーこれ好きだなぁーと思って

誰かに教えたい、第三者にこの感動を伝えたいと、感動の要因を頭の中で並べてみようとするのですが

もう、何か違う


感動を言葉に置き換えようとすると、そこでもう最初の純粋に感動した気持ちが別のモノになっちゃうのです


目をこらした途端、絵が薄くなっていくような気がする



僕は昔から、好きな歌を見つけると反射的に、《どうやったらこの効果が生まれるのか》を知ろうとする癖がありましたが、


それは歌を作る上では、非常に役にたったのですが

最近は意識して感動の原因追求をしないようにしています


せっかくの良い気分に、水を差している気がしてきたのですね


良いなぁ、って思うものは理屈じゃなく、《良いなぁ》だけでいいじゃないか

感動にボキャブラリがなくたって良いじゃないかって思う。評論家になりたい訳じゃないのですから


ブルース・リーのアレです

Don't Think、Feel!
(考えるな、感じろ)





mathis