午前中、連れ合いと娘が図書館に本を返しに行く、というので、僕もついて行きました


久しぶりの図書館、ふらふらと棚を見ていたら


こんな本がありまして


音楽家の居る庭 ~mathis~-130511_1508~01.JPG


何気なく手に取りました


「放送禁止歌」/森達也
監修デーブ・スペクター


デーブの監修とあるので、その時点でたいした本じゃないだろうと(笑)、軽い気持ちでパラパラと読んでみたら


これは借りてじっくり読まねば!?


これも一緒に借りてー、と連れ合いに手渡し、帰宅してから一気に読みました


とんでもなく面白い


タイトルだけ読むと、過去に放送禁止となった歌を一覧表にした本だろう、とタカをくくってましたが


これは1999年に制作、放送された「放送禁止歌」というドキュメンタリ番組の取材過程を綴ったもので


岡林信康
「手紙」
「チューリップのアップリケ」

赤い鳥
「竹田の子守唄」

フォーククルセイダース
「イムジン河」

泉谷しげる
「黒いカバン」


規制により電波にのらなかった数々の歌達



当初の番組のテーマは、これらの歌を放送禁止処分にする《権力》を追う、といったものだったのが、


取材が進む内に、そんな《権力》はおろか《放送禁止歌》も存在しないことがわかる


(?!)



では、誰が規制するのか?なぜ放送されない歌、発売されない歌があるのか


それはメディア自身の過剰な自主規制が原因だった、という


《お上》も《圧力団体》も敵ではなく、敵は自分自身(メディア)だった!



筆者もテレビプロデューサというメディアの人間として、この真実に愕然とします



メディア表現は、批判やクレーム、反論も受け止める覚悟なしに、自由な表現などありえないのに

メディアは最初から批判やクレームを引き受ける覚悟もなく、トラブルを避けたい一心で放送禁止歌を生み出してしまった



まぁ、性表現や暴力表現、特に日本だと差別表現は、《誰かが不快に思う!》と気を遣うのもわかります



そのかわり、表現の自由、思想の自由をいう大事なものを手放してしまった


あいまいに「放送禁止歌だから」と鵜呑みにして、なぜ放送禁止なのか?を今の制作陣は考えようとすらしない。自分たちで判断することが出来ないのだ、と筆者は綴ってます


(文章の一部、ネット上での本の感想を参考にさせていただきました)



それにしても、このドキュメント番組、観たかったなぁ


ちなみに実際に番組が放送された時、数々の放送禁止歌と呼ばれる歌が流れたにもかかわらず、クレームゼロ(普通なら二つ三つは必ずあるのだとか)。むしろ再放送を望む声が届いて、その反響に驚いたそうです。


いやいや、こんな本があったとは。読んでいて腹の底が言い知れぬ苛ただしさで熱くなってましたよ



読後、たまらない気持ちになって、つい岡林のCDを引っ張り出してしまいました


音楽家の居る庭 ~mathis~-130511_1739~01.JPG


岡林こそ放送禁止の規制の被害者の筆頭でしょう


(岡林のみ筆者の取材依頼に最後まで頑なに沈黙し続けた)


僕は近年の衛星放送で「チューリップのアップリケ」を歌う岡林の姿を観ました。


過去は過去、と、岡林は昔のことより未来を見ている様子です。



エンヤトットが未来だとはちょっと思い辛いけど、その姿勢は最高に男前だと思います





mathis