mathichenの徒然なるままに -22ページ目

mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

2013-05-31 16:51:00 【無垢なる邪悪】

この記事に、他のアメブロ別荘記事に書いた内容を編集

2016年の感想記事の前に、少し手入れして題名も変更した

 

 

 

 

BIGLOBEトップページを見たら

【まさにヒーロー】真冬のロシアに捨てられていた赤ちゃんを助けたニャンコに世界中から拍手喝采!

「天使や」「やっぱりネコは最強!」
http://news.biglobe.ne.jp/trend/0119/rct_150119_5686667831.html

 


2015年1月、ロシア南部のオブニンスクで1人の赤ちゃんが置き去りにされた
生後約3ヶ月の男の子で、発見時、暖かい格好をしており、離乳食やおむつも一緒に残され
アパートの中に設置された猫マーシャ用の段ボール箱の中に寝かされていたといったってねぇ
あのロシアの冬に無防備な赤ちゃんが1人……
赤ちゃんの体を温めつつ、助けを呼ぶかのように大声で鳴いていたマーシャ
その尋常でない鳴き声に驚いた近隣住民が、急いで声のする方に集まり、赤ちゃんが保護された
「マーシャは、ただ暖を取りたくて赤ちゃんと一緒にいただけじゃないの?」
それでもマーシャが赤ちゃんを救ったは事実である
“マーシャ”が女性名を考えると、母性愛発揮したでいいじゃないの




で、思い出したYahoo!知恵袋が、「『孫を長男嫁に任せておけないと感じた出来事』について。」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10107534465

みなさんの回答を読んで驚きました・・。

同じ状況で、赤ちゃんが亡くなってニュースになったら、
みなさんは「シッターが悪い」っていう意見なのでしょうね。
赤ちゃんって、突然死もあるんです。
それを「破格のシッター」って、信用できないような他人に預けて「ストレス解消」ですか。

赤ちゃんが無事だったことがなによりです。
質問者さんは間違ってませんよ。 親としての自覚がない母親が多すぎます。
少子化問題を解決する前に、母親としての教育の場を創設してもらいたい。
いくら子供が増えたって、こんなんじゃ、日本に将来はないです。

腹立たしい。





オリヴァー・ストーン監督の‘天と地’(1993年)のモデル

ベトナム出身で米国在住のレ・リ・ヘイスリップの回想録によれば
3人の息子との母子生活中、ある日の夕方

買い物から戻ると、児童虐待の通報を受けたという警官が来ていた
夕食用食材の買い足しに出ていたを話し、息子たちが清潔で健康な様子に警官も納得

どうにか事無きを得た
ところで、通報したのは誰?:「レ・リの推測では、隣家の奥さん」
隣家には高校生の娘がいて、レ・リが息子たちのシッター頼まないを不満に思っている
米国では、近所でのシッターが年齢高い子供の小遣い稼ぎの一つ
兄姉が弟妹の面倒見る、レ・リの東洋流儀が理解出来ないのもあるものの
子供だけで家にいるのを育児放棄や虐待の一つと見做し、状況次第では警察や児相が介入する
それも米国、そして先進国常識の一つには違いない




以前、別の話で、子持ち主婦の何人かに聞いた所
いくら夫や姑や実家のママが「たまにはノンビリ遊んでおいで」と快く送り出してくれようと
「繊細な乳幼児の様子が気にかかる。予定より早く帰るか、トイレ立つ振りして家に電話する」

と口を揃えた
知恵袋に登場する長男嫁の、「カラオケで騒々しくて電話に気づかなかったと言い訳」通らないわけよ
「嫁に数度電話を入れるも返答ないまま、0時をかなり過ぎて嫁は酔って帰宅」
電話への返答はさておき、新生児いながら午前様の母親なんて、シッターと変わらん粗悪品である




従って、アタシが質問者の立場であれば
息子嫁でなく実娘の場合、魂吹っ飛ぶくらい張り倒し、子供と絶縁させ、一族から勘当して抹消する
息子嫁の場合、一家の主である息子に通報した上で
・夫側が子供引き取り母親とは絶縁させる離婚を視野に入れた、長男嫁側含めた親族会議を開く
・「親子2人で育児ノイローゼになりかかってストレス発散したかった?
あら、そう…じゃ、ウチに同居しなさい

ウチの宿六もいれば、親しいご近所さんもいて、孤立しませんよ
出張多い息子と結婚したアナタを、一日中マンションに置いておくのが、そもそも間違っていました
育児の基本は専業主婦であるアナタが責任負うが、何か困った時には相談に乗ります
気分転換も、一定のスケジュール組んで予告し厳守すれば、認めてあげましょう
理由がどうあれ一度は子供を危険にさらした以上

アナタに過分な発言や行動の権利は金輪際許しませんよ」




こんな話あるから

真面目な専業主婦まで十把一絡げに見下される、因業な世の中へますます進む
もっとも、幼稚園から大学まで私立一貫可能な高収入夫婦ほど、子供を保育所預ける時間長い
兼業主婦だって、子供を危険にさらし、支援学校進学の可能性あるんだぜ、その例として…
保育所の栄養士→《ワルツ堂 堂島店》《Walty堂島》のレジ→保育士が、レジ打ち時代に
「子供の世話する仕事だから、預かり時間長ければ長いほど

保育士が親の気づかない観察出来てる多いんよ
医者じゃないものの経験値により、『この子、ヤバイ…』

障害を察知、『親、早く気づいてくれ』と願う事もある」
ちなみに、両親が子供の障害知った際の反応は概ね、「男は、逃げる」
女は自分が痛い目して産んだ子とあって

一通りのパニックが過ぎると、腰を据えて育児新規蒔き直し
と対照的に

男は、ジジババとつるんで嫁が障害の原因扱いして大騒ぎなど、嫌な事や面倒から逃げる
実際、ウチの元料理番ババァ仲間の宿六がそうであった
他所様の旦那をドロボー猫と再婚したいは、通った
ビタ一文払いたくない離婚請求して障害児捨てる離婚なんて

日本の未熟な司法にさえ通らなかったけどね
正妻の権利は強固

男女逆ながら、ミフネを捨てた愛人の娘には通じない

高橋さんオンナ見る目無かったわ




今日もひたすら長い記事上げたくなった理由:

アメブロ解析に、『SIDS(乳児突然死症候群)』が載っていた」
2013-05-31 16:51:00 投稿オリジナル記事の本題を加筆修正したくなった
以下の通りでやんす…

 

 

 

 

 

赤ちゃんは殺されたのか

 

‘赤ちゃんは殺されたのか’(2002年刊行)
SIDS(乳児突然死症候群)の学説を隠れ蓑にした母親による嬰児殺人
1960年代から1970年代にかけて起きた事件が
1980年代に起きた父親による嬰児保険金殺人事件をきっかけに

20数年後の1994年、司法の場で暴かれました




学説を隠れ蓑にしたというか

学説打ち立てた側が怪しげな『ゆりかごの死』に乗っかり利権を得たというか
不明な点も見られ、複雑怪奇な事件ではあります
亡くなった5人のうち、1人は2歳を過ぎた健康な幼児であるなど
SIDSとは考えられないケースが含まれ、個人的には殺人だと見てますがね




この本の冒頭に引用された
「発見とは、誰もが目にしていた物事を見て、誰も考えつきもしなかった事を考える事である。」
(ハンガリー出身のセーケイ人で米国に移住した生理学者セント=ジェルジ・アルベルトの語)
皆様、興味深いと思いませんか
「殺人の証拠を、誰もが目にしていたのに

母親が我が子を殺すわけないという幻想にとらわれていた」
と換言すれば?




ちなみに、母親による殺人を疑っていた者も、少なからず存在しました
4番目と5番目の子供が入院していた病院の看護婦たちです
「あの子たちを家に帰せば、明日には死ぬ」
それだけの黒い感触を、母親から感じ取り、医師に警告した者までいました
が、思い込み(そして、利権)の前には、命を救う力持たなかった…




この事件が白か黒かに決着つけたい記事ではありません
白と黒の間には、グレーゾーン見られる、そんな物事もある、お忘れなく
一度は常識から離れ、あらゆる可能性を考えてみる必要、時には生じる
看過すると、取り返しのつかない悲劇を招いてしまいかねない

それが、主旨なのですよ
何しろ、毎日のように、子供虐待死ニュースが流されるご時世とあって…

 

 

 


Waneta Hoyt
 

Waneta Hoyt (May 13, 1946 – August 13, 1998)

米国ニューヨーク州シラキュースに住んでいた主婦、ワネタ・ホイト
1994年3月、1965年から1971年にかけて5人の我が子を殺害した容疑で逮捕された
子供たちの内訳は以下の通り(死亡日、名前、死亡当時の年齢)
1965年1月26日 エリック・ホイト(生後3ヶ月)
1968年9月5日 ジュリー・ホイト(生後1ヶ月半)
同年9月26日 ジェイムス・ホイト(生後2年3ヶ月)
1970年6月5日 モリー・ホイト(生後2ヶ月半)
1971年7月28日 ノア・ホイト(生後2ヶ月半)




5人全員、SIDS(乳児突然死症候群)の死因が下されました
SIDSに関する専門的な事はサッパリ

‘赤ちゃんは殺されたのか’を各自でお読み下さいまし
この本に登場する小児専門の病理学者によれば、SIDSは遺伝的素因持たないという
一家に1件以上発症と聞くと、神経をとがらし、3件と聞くと、殺人と断言する
SIDSが1件出た家の隣家で新たに出る方が確率高いとまで
それほど、連続発症はあり得ないのですよ




エリックの死だけならば、たまたまSIDSで亡くなったと考えても不自然と言えないでしょう
ホイト家の子供たちの『突然死』が当時疑われて然るべき理由として、「年齢順に死んでいない」
年齢順だと
長男エリック・ホイト
次男ジェイムス・ホイト
長女ジュリー・ホイト
次女モリー・ホイト
三男ノア・ホイト
となるので、怪し過ぎるというわけです
SIDSというのは、生後3ヶ月~9ヶ月頃が危険率高く

1歳を過ぎるとドーンと低下するそうです
(知恵袋長男嫁や、0歳保育を軽く考える共稼ぎ主婦が、如何に愚かであるかですわな
危険な時期を過ぎたって、子供の活動範囲が増えると、最低数年は目を離せない
先天性か後天性か、いずれにせよ、障害児誕生の可能性は誰しもが持つ
あらゆる危険を想定して
おく事が、どんなに怖くたって、親になる人間としての最低条件
自分の属性を同性親から学ぶべく、異性観を異性親から学ぶべく

育児は男女共同作業ながら
産む性は、「女は決して男と同等に働けない環境や時期を忘れるべからず」
産ませる性は、「妻子の保護が求められる環境や時期には、家族養う一切の責任を負う」
男女の領域は異なるを教育する事こそ、真の男女平等である)

どんなに多産母さんでも、1回産んだら次産むまで、母体の休養も要り、最低1年はかかりますよね
仮に一家でのSIDS連続発症があり得るとしたって、危険な時期を考えれば
妹ジュリーが生後1ヶ月半で亡くなった時、生後2年3ヶ月と乳児どころか幼児の兄ジミーがなんて?
このジミーは亡くなる直前まで、至って健康に過ごしていた
それが、朝食後、叫び声を上げて突然死

肺、肝臓と脳に鬱血が認められ、副腎が小さいと考えられた
…そんなアホな話、どんだけド素人でも信じられますか?




5人全員、彼らを襲ったSIDSが即死とは限らない故に、『事故』は、母親の報告によるものでした
ワネタは裁判の証言台で、ジュリーの『事故』について話した際
「家の外に出て助けを求める時

ジミーにおとなしく長椅子に座ってなさいと言い、ジミーは座っていた」
法廷に戦慄が走ったといいますが、賢明な皆様のご想像通り

「ジミーは、目撃してしまったのか?」
SIDSが考えられない年齢で、妹の死からわずか3週間後に突然死した
2歳にもなれば、ある程度の意思の疎通が図れる…母親に、何か伝えたのか?




「母親による殺人を疑っていた者も、少なからず存在しました
4番目と5番目の子供が入院していた病院の看護婦たちです」
実の所、嘆き悲しむ母親を前にしては憚られただけで
確率的にはあり得ない、ジュリーとジミーの連続突然死当時は特に、近隣で不審がられていたよう
殺人までは思いつかずとも、母親に対して何か疑念を抱いてはいた
ワネタの夫ティムの姉アンなど

連続突然死からわずか半年後の1969年に義妹が4人目妊娠を聞き
「もう3人も亡くしてるのに、また産む?あんたの頭のネジはどこかユルんでるんじゃないの
子供産む事が務めだと母さんの教えに従った?あんたの母さんの頭がどうかしてるわ
(アンは、ワネタの実母がどうしても好きになれなかった)
どうしても子供欲しけりゃ、どっかから貰ってくりゃいいでしょうに」
義妹に噛みついた後、次は実弟にも説教したら
ティムの方は、また子供失う恐怖から、諦めるよう妻を説得したというも

夫婦の力関係で勝てなかったと…




ティムが一度も妻を疑う事は無かったのか?
彼は、妻から言われれば、真夏なのに外で雪が降っているを信じかねないタイプなのですよ
昔々の映画‘ラスト・タンゴ・イン・パリ’(1972年)のマーロン・ブランドのように
妻が自ら命を絶った原因がわからない夫の台詞として
「例え夫が200年生きようと、妻の真の姿を知る事はない」
続けて
「例え宇宙を理解し得たとしても、君の真の姿を知る事は出来ない」
これも、夫婦の一面の真理ではあるものの…




子供が亡くなるごとに、嘆き悲しむ母親の姿を見せたワネタ
母親なら当然と思われるでしょうが、ワネタ自身は否定した彼女の『病気』に
 

代理ミュンヒハウゼン症候群(だいりミュンヒハウゼンしょうこうぐん、Münchhausen Syndrome by Proxy, MSbP)とはミュンヒハウゼン症候群の一形態であって、傷害の対象が自分自身ではなく何か代理のものであるような精神疾患である。

多 くの場合傷害対象は自らの子供であるため、児童虐待と同列に挙げられることも多い。しかしながら傷害行為自体は患者の目的ではなく、手段として傷害行為に 及び自分に周囲の関心を引き寄せることで、自らの精神的満足を他者から得ようとしているものである。子供が患者の傷害の対象である症例では、患者は傷害を 目的として行っているわけではないとはいえ、行為が反復・継続し、重篤な傷害を負わされる危険があるので、早急に対策を行う必要がある。傷害の対象と患者 を隔離すれば、直ちに「傷害」は改善する。

( Wikipedia:代理ミュンヒハウゼン症候群より引用 )


考えられるそうです
モリーとノアの入院していた病院の看護婦たちは、ワネタは子供に興味が無いと見ていました
母親は普通、子供を抱き寄せる

ワネタは、遠く突き放す格好で抱く
ティムが病院を訪れ、子供たちを抱くと、怒ったように見ていて、夫にベッタリしようとする
…何かにつけ、自分に関心を集めるためなら、手段は選ばないタイプと考えられますよね
世間の注目を集めた裁判の間も、何やら楽しそうな表情が見られたといいますし…




ワネタ裁判に於いて、弁護側ですら胸にグッと来たのは、検察側の最終弁論でした




「弁護側は政府の強力な権力について話した。わたしたちは権力を持っている
しかし政府の力など、ホイト夫人が5人もの我が子を殺した力と比べ物にならない
ホイト夫人には弁護士がつき、無実を証明しようと奔走してくれる
一方で5人の子供たちには弁護士はついておらず、誰もこの子たちの権利を訴えてくれない
権力というが、それならばタオルや肩で口をふさぐ力は何なのだ?それこそが強大な権力でないか
彼女は我が子を殺した。だから殺人罪に問われなければならない」




ワネタは自白後、法廷では一転して無罪を主張したものの

4件の殺人で有罪となり、75年の刑が言い渡されました
1998年8月13日に膵臓癌で死亡し、訴追側にすれば刑の重さが堪えない間にの無念ですかね
いや、ノアの死後に迎えられたホイト家養子ジェイが一番、無念極まりないかも
裁判長が判決を言い渡す際、ワネタへの忠告として
「ワネタ、ご主人に、また弁護士に、わたしに、神に、何を話そうと構わないけれど
そこに座っている我が子には責任があり、あなたは彼に真実を告げる義務がある」
ティムはもう成人

ワネタと一緒に長い年月を共にして来た
妻の罪、自分の無知と無為という真実に向き合え、離別も出来るという、選択肢があるのだ
だが18歳の少年であるジェイには、ワネタが母親であり、彼女を信じるしか道は無い
ワネタはといえば

刑務所で「どうしてここから出してくれないの」と不満、マスコミには無罪を主張し続けました
息子にもでしょうね
息子は母親の言葉を信じるしか無いのに、現実は、母親は監獄に入れられたまま、そして死んだ
どう折り合いつける?
陪審員による有罪評決が出た直後、テーブルに突っ伏して泣く姿のジェイの写真を見ると
裁判長がジェイに言った、「あなたは6番目の犠牲者だ」、ズシリ感じませんかね




なお、ワネタの晩年、50歳前後にして70歳代に見える老化が見られました
長年抱えていた闇がそうさせたのであれば、復讐するは我に在り
 

 

 

 

 

ソロモン王の審判

 

2人の娼婦がそれぞれ新生児と一緒のベッドで寝ていた所
片方の母親が自分の横に寝ていた我が子が死んでいるのに気づいた
その母親は夜中に隣の赤ん坊と死んだ子を取り替え、自分の子だと言い張った
もう1人の母親は相手の企みに気づき、互いに譲らず、遂にソロモン王に持ち込まれる争いへ
王は剣を抜き、赤ん坊を2つに切り裂くから、それぞれ持ち帰るがよいと提案した
本当の母親は赤ん坊の命を救うため、訴えを取り下げた
そうやって王は誰が正しい母親かを見抜き、彼女に赤ん坊を渡した




旧約聖書に、世界で最初の赤ん坊の突然死が書かれているのですな




子供を敢えて危険にさらして、真の親心を試す
ジェイ・ホイトを立たせ、ソロモン王の審判に似た提案をワネタ・ホイトにしたら、どう応えるか?
証拠残さないよう巧妙に児童虐待を繰り返し、通報や児相に噛みつく親に、似た提案したら?
非常に興味湧く今日この頃であります




1989年の米国映画‘バックマン家の人々’に、キアヌー・リーヴスの台詞として
「犬を飼うにも免許が要る場合がある。車の運転や釣りにも免許証が…

なのに父親は誰でも無免許でなれる」
親にド突き回され通しの子供時代を回想した言葉
この映画にはもう一つ、「子供は電化製品とは違うわ。欠陥製品の保証書は無いのよ」




「育てられない事情あるならあるで、リサイクルに出すなら出すで
ねんねこや猫が助けになる確率がSIDS連続発症率の低い寒空へ不法投棄でなく

指定場所へ赴きましょうね」

というオチですよ

昔、北野誠が例の打ち切りラジオで、「会社のメンドクサイ上司」について話した

10数年前なので詳細忘れたものの、「全共闘世代がウザイ」というのは記憶している

1959年生まれにとって、1930年代後半から1940年代に生まれた世代が、上司や同僚に多くなるが

中でも、学生運動経験者が人の話を聞く耳持たず厄介と言っていた

 

 

 

 

上段を1955年生まれに話してみた所

「全共闘世代は、理想と手段は間違えたかも知れないが、社会を良くしたいと燃えていた

やるだけやったという自負心が強く、下の世代が腰抜けに映るのよ

俺のような、1970年代に大学通った世代にはなるほど、シラケた部分が見られる

中学生とガキの頃に、学生運動の挫折を目撃し、変にスレたからね

我々の世代に、自己肯定力が狂ってる奴少なくないよ

上の世代のような挫折経験値を持たないせいで、俺は何でも出来るみたいに感じ

周囲の目には無謀な計画から、宮仕えを辞して独立、結局は失敗なんかがいるんだわ」

 

 

 

 

1954年生まれは、世代を問わず

 

ばんばひろふみ「いちご白書をもう一度」

 

「この歌に感動する奴、皆、甘え腐ったガキ」と言い切った

動画コメントに

「団塊の世代を責めるなよ

皆、若くて未熟な時代があるよ

分からん人は、これから気づくよ」

それはその通りなんだけど

テメエの無能を棚に上げた奴の自己満足には胸糞なのよ

挫折を経験し、ネクタイ締めて就活の先に待つものは?を考えてみ

「合衆国や欧州では、かつて否定した信仰に回帰が見られた

一般国民が絶対的信仰持たない日本では、目に見えるカネなどに走る者が少なくなかった」

1960年代の若者による後年の指摘であるが、同感の至り

 

 

 

 

アタシゃ♪いちご白書をもう一度も大ッ嫌いだが、もっと大ッ嫌いなのは

 

戦争を知らない子供たち ジローズ ライヴ

 

「戦争の本当の意味を知らない子供たちだよ」

この動画コメント、どういう意味で書かれたかわからない

 

 

 

 

でも、下に拝借したコメントと擦り合わせてみると、奥深く、現代日本は相当病んでるわね…

 

 

 

 

戦勝国は悲惨ではないなどと思う人が出てきませんように。
戦争の誘惑に負けないでほしいという願いを込めて替え歌つりました。
よそにも投稿しましたが、投稿させていただきます。
 

 

 

何故、当記事を思い立ったか?

Yahoo!での、グループホーム職員さんとのやりとりを見て、推察どーぞ

 

 

 

 

こんにちは

85歳だと、ある程度の戦時下を知っているものの、赤紙の心配は無かった
75歳だと、戦中生まれだが、物心つく頃には戦争が終わっていた

高度経済成長世代を含む、兵隊取られる恐怖知らず、物質に恵まれた世代というのは
叱られ経験無く自己評価がやたら高い若年層に通じるものが見られないですかね
若年層が、肩書きやカネが物を言う的なジジババの背中を見て育ったというか

25年後、50年後に、現代の介護システムが破綻せず存続しているとして
施設職員は現代以上に、モンスター利用者に振り回される気がしますわ

 

> mathichenさん

これは本当にその通りで
年々そういう高齢者が
増えていきます。

あるいはその高齢者の息子、
娘がそういう世代であったり、
つまりモンスター家族的な
訴えも増えていますし、
その人らもあと数年で
高齢者の仲間入りです。

その反面、お世話する側は
どちらかというとゆとり的な
世代も増えていきますから、
噛み合わないんですよ…。

このままいくとまずいです。

 

 

 

 

戦後の物質文明にドップリ浸かって育った、戦争を知らない子供たち

その一部がいまや、ボケ老人と化してるんだよ

全員がそうとは言わんが、やはり社会的地位があった者ほど、性格的に難しいも多いよう

施設では、「俺がカネを稼いで来たんじゃッ」という強烈な自負を持つ爺さんどもが
特に女性に対して、非常に手厳しく、嫁などの家族はもちろん、女性職員も召し使いのように考える
それらを注意しようものなら
「俺を誰だと思ってるんだ!」「俺は元○○だぞ!特別扱いしろ!」 とキレる

「俺は社会的地位があったからボケるわけがない!!」など、170%無い事がわからない

また、「元○○だ!」=過去の栄光であり、大多数の他の人間の知った事じゃないもわからない
 

 

 

 

認知症になった時、
「自分!自分!他人より自分!
俺を見ろ!俺の過去を認めろ!」
と騒ぐようになってしまうより、
自分には出来ない事が世の中にたくさんあると知り、
若い頃から周囲に助けられて生きている事を意識して年を取りたいです。

そういう高齢者が増えてくれないと、
正直言ってお世話してる介護職員の方が潰れますw

 

 

 

 

本当、そうね

「ボケ老人も戦後育ちは、ある意味、ゆとり世代や悟り世代を生んだ元凶

ベトナム徴兵の恐怖を知らず、ギター弾きまくりに興じたカネ持ち小娘青二才の成れの果て」

反面教師にしないとね

あ、ジジババでなく子供にカネ使えとぬかす貧乏共稼ぎ世代には

「オマエらの親が例外と思うなよ

基本、蛙の子は蛙、シンママの子はシンママ、DQNの子はDQNのように

必要最低限度のまともな価値基準知らない家庭育ちは尚更だ

子供や孫に甘いバカ親の現在が、オマエらもいつか通る道なんだよ

子供や施設にそれなりの世話を願うのであれば

バカ親が迷惑増やさないよう、子供がシッカリ監督して看取りやがれってんだ

自分は孫守り他の面倒頼んで良く、面倒引き受けるは嫌、それは通らないんだからな

白い小便タレ小僧と股ゆるクソBitch、親名乗る資格無いカスにゃ理解不能だろうけどよ」

ベートーヴェンの♪フィデリオに関するYahoo!本館記事二本立てから続いた

 

 

 

 

昼前何となく、【赦されざる者への人間愛】に登場するグスタフ・ナイトリンガーについて考えていた

 

 

 

 

Beethoven : Symphony no. 9 "Choral" / Klemperer

Beethoven : Symphony no. 9 in D minor, Op. 125 with Choral
4. Mov Presto-Allegro assai

Agnes Giebel (s)
Marga Hoeffgen (a)
Ernst Haefliger (t)
Gustav Neidling (b)

New Philharmonic Orchestra and Chorus / Otto Klemperer 1964

 

 

 

 

この映像、初めて観たのは海賊版VHSで、歌手が不明だった

ナイトリンガーと知った時、「へ?」と驚いたもんだ

守備範囲広い歌手なれど、オペラでの悪役の印象が強過ぎたのね

「普段は冗談ばっか言うてる人の好いオッサンが、目に現れてしまい…
色彩撮影でなく、白黒撮影だったら、少しはヒールの凄み感じさせたかもね~」

【白と黒の織り成す人間革命】にペタリした白黒舞台映像であれば、凄味を存分に表せたと思う

 

 

 

 

その白黒フィデリオでピツァロ歌ったヴァルター・ベリー

この人も守備範囲広い歌手であったが、ナイトリンガーと逆に、人の良い役柄の印象が強い

気のいいウィーンっ子、スットコドッコイてな感じ

これはこれで、ピツァロが本物の筋金入り悪人かどうか悩む材料となった

 

 

 

 

イケメン歌手が歯列矯正する

可愛いアイドルの昨夜彼とお楽しみで寝不足気味お肌が気になる
撮影技術が進歩した高画質は怖いものの、お手入れ可能な部分の露出ならまだマシでしょ
被写体の人柄が如実に現れる目、これが良くも悪くも、パフォ-マーにとって厄介なんだよね

 

 

 

 

 

 

身体の不自由な子供たちが学ぶブラウン・ハウス学校に、1人の新人看護婦リナ・カナダ(デボラ・ラフィン)が到着した。美しい自然の中で子供たちの歓迎を受けた彼女は、しかし1人の少女の暗い表情を見た時、不安をおぼえた。その少女カレン(ダイアン・レイン)は心臓が弱っており、長くは生きられないという不幸な少女で、いつも押し黙ったまま車イスに腰かけていた。なんとかこの不幸な少女に何らかの喜びを味あわせたいと願ったリナは、カレンの世話を願い出た。相変わらず自分の殻に閉じこもったままの力Vンに、努力が通じないリナは焦ったが、ある日、カレンのヒザに顔をうずめて泣くリナにリナと発音するカレン。初めて発した言葉だ。やがて、それ以来、2人の心は通じ合い、カレンは明るい少女へと変貌していった。ある日、リナに誘われてドライブに行ったカレンは、店で流れていたエルビス・プレスリーの歌に顔を輝かせた。彼女は以前からエルビスの大ファンだったのだ。それを知ったリナは、彼女にエルビスのLPをプレゼントし、彼にファン・レターを出してみてはと勧めた。字のうまく書けないカレンは必死で鉛筆を走らせエルビスに手紙を出した。しかし、何度書いても返事は来ない。リナは後悔した。やがて冬もまじかい頃、ついにエルビスから返事が届いた。興奮のあまり呼吸困難に陥るカレン。さらに、クリスマスの近づいた雪の降る日、なんとエルビスから大きなピンクのテディ・ベアがカレンの元に届いた。彼女の顔は喜びに輝くのだった。その夜、カレンは短い生涯をとじたのだった。

 

http://movie.walkerplus.com/mv9511/

 

 

 

 

‘ラスト・レター’(1980年)、これ、実話を基に作られた

最期を迎えたカレンの側に、書きかけの手紙が残されていた
To Elvis with Love(エルヴィスに愛を込めて)
…エルヴィス、真面目な話、アンタはセスク級男前以上の男前

素顔は、飲酒しない代わり、超甘党
好きな食べ物はドーナツの他、ピーナッツバター・サンド
マカロニ・アンド・チーズもだっけか
肥えて当たり前の物ばっかですな
最晩年、といっても42歳の若さの体重が、120Kg(怖)
…セスクが120Kgの巨体になったら、辞世の句を遺し地獄落ちしそうと絶叫しといて

エルヴィスのいつ頃の逸話かわからないけど、巨大化時代でも天使認定しよう

 

 

 


日本と中国では劇場公開されたが、本来はTVムービーである
看護婦役のデボラ・ラフィンが、中国にキャンペーン赴いたら
彼の地で人気沸騰中、熱烈歓迎だったって
カレン役のダイアン・レーンは、演技が上手過ぎるあまり
彼女を知らない米国のTV視聴者が本物の障害児と信じたそうな

 

 

 

カレンは脳性麻痺で、知的には問題無かったはず

演じたダイアンはといえば、確か高IQの持ち主

ともかく、見る目持つ者が見れば、ダイアンが障害児には無理な眼力持つ事がわかるんだよ

障害者施設でのボランティア経験持つ知り合いも、ある映画に登場する障害者を見て

「彼は、本物の障害者でなく、あくまで俳優だ。目を見ればわかる」

健常者が障害者を演じるのが悪いのでなく、健常者と障害者の見分け方あるの意味よ

 

 

 

 

それが頭にあるから

 

聖者の行進 EP 1

https://www.youtube.com/results?search_query=%E8%81%96%E8%80%85%E3%81%AE%E8%A1%8C%E9%80%B2

 

この程度の演技力集団ドラマは噴飯物と断言出来る

悪いね、全然リアリティを感じないんだわ

 

 

 

 

ドラマのモデルとなった実際に起きた事件は置いといて

ドラマには一言、「差別場面、世の現実を誇張し過ぎなんだよ!」

いまじゃ再放送絶対無理な暴力場面オンパレードだったね

なるほど障害者差別には酷い話わんさかあるけど

一般視聴者なんて、お涙頂戴の24時間TVでわかったつもりでいる偽善者だらけ

洞察力持たない連中がだ、「これが、全ての真実だ」と勘違いしたら?

野島伸司がどれだけ真剣に差別問題を取材したか知らんが、罪な真似をした

真面目な姿勢で福祉に携わる人たちへの偏見を喚起し助長するようなものだからね

言いたくないけど

弱者を盾に、「大事にされて当然」みたいな障害者だっているしな

「母子家庭は大変なのよー」と手当やナマポ掠め取る腐れシンママ水準のね

 

 

 

 

「わかりやすい中国だけでなく、一見まともな国にも見られると思います
情報鵜呑み度高い日本人は

ネットという魑魅魍魎的世界ではいともたやすく操作されるのが…」

 

 

 

 

【白と黒の織り成す人間革命】に書いた意味を

 

 

 

 

中高年多い所には、70歳前妹が姉の面会来たりする
イケメン9歳児の曾ババは、「この子らの親は若過ぎて、自覚足りん」
前のNHK朝ドラは「とと姉ちゃん」、お父ちゃん代わりの姉ちゃん?
ドラマとか正直、小綺麗な世界で、当事者には迷惑なケース少なくない
「同じ事やって当たり前」「出来ないのがおかしい」みたいに考えられるのが嫌

俗世間の無理解に悩む在宅介護人に通じるのが…

自分の産んだ子を人手に預けて長時間の共稼ぎなどこそ、親失格の無責任極まるのによ

 

 

 

 

昨日記事の中篇に書いたものと擦り合わせてみよ

一般日本人なんて、当記事題名通りじゃん

副題:【救済を。哀れなる人々に!(Wohlan, so helfet ! Helft den Armen !)】
 

 

 

 

「最近の中国の政情を見ていると

まさに白黒、黒白、そう簡単なものでないことが伝わってきます

汚職撲滅とか言いながら

結局は対立相手を選んで粛清する口実でしかないかも知れませんしねぇ」


「わかりやすい中国だけでなく、一見まともな国にも見られると思います
情報鵜呑み度高い日本人は

ネットという魑魅魍魎的世界ではいともたやすく操作されるのが…」

 

 

 

 

【赦されざる者への人間愛】へのコメント返信を考えるうち、記事に追記したくなった
正確に書くと、「月曜日の更新時、頭にあったのに、東京トンボ帰りの寝ボケ気味で書き忘れた」
記事が長いため、追記を新投稿する(そーすりゃ、こちらも長くなったって構わんじゃ~ん)

 

 

 

 

FIDELIO (15) "Euch werde Lohn in besser'n Welten" Ludwig Greindl King
FIDELIO (16) "Er sterbe !" Ludwig King Berry Greindl
Fidelio
Act 2

Christa Ludwig Leonore
James King Florestan
Walter Berry Don Pizarro
William Dooley Don Fernando
Joseph Greindl Rocco
Lisa Otto Marzelline
Martin Vantin Jaquino

Arthur Rother
Chor und Orchester der Deutschen Oper Berlin
1963





ベルリン・ドイツ・オペラ1963年日本公演の半年ほど前に地元で収録された映像より
指揮者、ドン・ピツァロ、ヤッキーノが異なる
この映像でピツァロ演唱するヴァルター・ベリー

当時、レオノーレ役のクリスタ・ルートヴィヒの旦那さん
…ベリーさんの嫁がジェームズ・キング指して「彼の嫁だ!」

そりゃ男どもは「マジ!?」…置いといて
あっと、一つ付け加えると

女のレオノーレが拳銃を用意してるのに、男のピツァロは短剣いうのって、ちとオカシクね?

男が男をブッ殺したるいうんだったら

餓死しかけの弱った相手とはいえ、もうちょい有効な凶器を用意しとけ
ちなみに、餓死しかけのフロレスタン、素顔は米国の保安官出身~




一滴でいいから飲み物が欲しいと乞うフロレスタンに、ロッコがフィデリオに飲み物をやるように言う
フロレスタンはレオノーレに気づかないが、彼は「彼女が天国で報われるだろう」

彼女は、彼にパンの皮を与えさせてくれと願い出て、ロッコが許可し、フロレスタンはそれを食べる
ロッコは命令に従ってピツァロのために警報を鳴らし、現れたピツァロは準備が整ったか尋ねる
ロッコはそうだと言い、フィデリオに立ち去るように命じる
しかしフィデリオは、物陰に隠れる
ピツァロはフロレスタンに、彼の殺人を告発したのは自分だと明かす
ピツァロが短剣を振り回すと、フィデリオが物陰から飛び出してピツァロとフロレスタンの間に立つ
「彼を殺すなら、その前に、妻の自分を殺せ!」
ピツァロにすれば一石二鳥であるが、レオノーレが拳銃を取り出したのを見て、思わずひるむ

ちょうどその時、大臣の来訪を知らせるトランペットが聞こえる
兵隊を伴ったヤッキーノが現れ、大臣が門で待っていると告げる
ロッコは兵隊たちに、ピツァロに供して上に行くように話す
ピツァロが復讐を誓うのに対して、フロレスタン夫妻は勝利を歌い、ロッコは今後の成り行きを恐れる




…白と黒、黒と白が、釈然としないよね?
ピツァロとフロレスタンの過去の経緯はさておいても…
 

 

 

 

From a 2000 production of Beethoven's Fidelio at the Met.
Falk Struckmann (Don Pizzaro)
René Pape (Rocco),
Karita Mattila (Leonore)
Jürgen Flimm, production
James Levine, conductor.


 

 

 

ピツァロは大臣の到着の時にトランペットを鳴らすように命令する
彼はロッコに金貨を渡し、フロレスタンを殺すように言うが、ロッコは断る
ピツァロは認める代わり、牢獄内の古井戸の中に墓穴を掘るように命令する
墓穴が出来たらロッコは音を出して知らせ
ピツァロは偶然を装って牢獄に入って自分でフロレスタンを殺す、と
 
 
 
 
Fidelio, Finale
Performer :
Leonore -- Gabriela Beňačková
Florestan -- Josef Protschka
Jacquino -- Neill Archer
Marzelline -- Marie McLaughlin
Rocco -- Robert Lloyd
Don Pizarro -- Monte Pederson
Don Fernando -- Hans Tschammer

Royal Opera Chorus
Royal Opera House Orchestra
Christoph von Dohnányi, conductor
1990

 

 

 

 

ロッコは、レオノーレが自分の夫を助けるために、変装してフィデリオとして働いてきた事を説明する
ロッコはピツァロの殺人計画を話し、ピツァロは牢獄へ入れられる




…フロレスタン殺害計画による罪を問われるのは当然として
ピツァロに弁明すら許さない大臣と民衆、何様よ?
2000年のニューヨーク演出に於いては、ピツァロがリンチ受けた姿で最終場面に現れたのを見て
何となく、1989年クリスマスの夕刊一面、公開処刑されたチャウシェスク夫妻の写真思い出したわ
ドン・フェルナンドがフロレスタンの友人で、「友の敵は、己の敵」、これはわかる
「餓死を待つよりは、一突きされて死ぬのが幸せだ」
ロッコ、金貨受け取りと自らの手を汚すは断ったといったって

ピツァロに加担した事には変わりないだろ
フロレスタンに続いて殺されるにせよ

保身あるが、牢番のくせに囚人を見殺しにしようとしたんだからな




墓穴の用意出来たロッコがピツァロに合図を送る前、レオノーレがフロレスタンに
「何が起こったとしても、どうか神の思し召しだという事をお忘れなく
そう、何が起こったって、神の思し召しなのです」
彼女が独り、「おお神よ、我に勇気と力を与え給え」と合わせると
無論、夫を何としても救い出す決意表明である




と同時に
それまで数ヶ月間、刑務所の劣悪な環境を見てきたながらも
地下牢の想像を絶する酷い環境、息絶え絶えに近い囚人を目の当たりにして、強い衝撃を受け
「あなたが誰であろうとも、救い出します」
自分の夫でなかろうが

「赤の他人にも、彼を待つ家族や友人いる」に思いを馳せたとは?




夫婦愛から無意識のうちに一気に人間愛へ昇華したというか
レオノーレの決意表明が無ければ、この歌劇、アタシゃ糞決定し、一視聴後ゴミ箱に放り込む代物よ
一見まともに見える人間の中の愚かしさをあぶり出す教訓劇としての存在は許すけどね

 

 

 

 

次記事へと続く

8日、味の素スタジアムまで、腐れ緑ヴェルディvs長居の桜セレッソ

14日、またまた味スタまで、東京vs横浜カモメの皆さん散々マリノス

んでもって、メッチャ疲労中での更新であった

 

 

 

 

先週の月曜日、上本町《瓶備》へ桜のバルセロナ土産を貰いに行ったら

(桜は、昭和町marcelの哲平ちゃんを指す)
「おねーさん、昨日、東京に泊まったんじゃないっすか~」
味スタの緑vs桜が、16時キックオフ
18時台に京王線特急乗って、新宿駅で狸蕎麦を共食いして、ゆっくり品川へ向かっても、まだ20時頃
ギリギリ日帰り出来るがな
ホテルの空調のせいでお肌ガサガサなるの嫌だし




J-COMのHDDR録画機能不調のため、まだ使えるVHSも当てにならんため
9日0時15分までに、TVの前にいる必要もあった

 

 

 

 

Beethoven - Fidelio
Date: 07/12/2014
Director : Deborah Warner
Conductor : Daniel Barenboim
Artists :
Don Fernando - Peter Mattei
Don Pizarro - Falk Struckmann
Florestan - klaus Florian Vogt
Leonore - Anja Kampe
Rocco - Kwangchul Youn
Marzelline - Mojca Erdmann
Jaquino - Florian Hoffmann
Erster Gefangener - Oreste Cosimo
Zweiter Gefangener - Devis Longo





ミラノ・スカラ座2014-2015シーズン開幕、ベートーヴェンの♪フィデリオ
東京トンボ帰りが応え、ほとんどタヌキ寝入り状態で観たんで感想は書けね~
んで、♪フィデリオ観聴きするたび思う事備忘録をば



 

この作品は、ベートーヴェンの作品群の中でも特に難産に見舞われた作品のひとつであり、成功を収める版が完成するまでに何度も書き直しがなされている。
このオペラはベートーヴェン中期の代表作に挙げられる。ブイイの原作の英雄主義的な性格や、当時のヨーロッパの知識人層に浸透し始めていた自由主義思想へのベートーヴェン自身の強い共感を背景として、英雄的な中期の作風が存分に反映されている。
ベートーヴェンの声楽曲に よくあることだが、このオペラも歌手にとっては必ずしも歌いやすい音楽ではない。特に、レオノーレとフロレスタンのパートを歌うには高度な技術を要し、そ うでなければ要求された緊張感を表現することは到底不可能である。このため、これらの配役を見事に演じた歌手は賛美の的となる。
囚人達の合唱、政治犯達の自由を謳う合唱、フロレスタンがレオノーレを助けにきた場面、そして救出が成功した場面などは、特筆に価する。最後は、ソ リストや合唱が代わる代わるレオノーレの勝利を讃えて、フィナーレを迎える。ベートーヴェンとしては完全な成功作とは言えないとの批判もあるが、いちおう 代表作のひとつとして今なお上演回数も多い。これによって作曲者はモーツァルトとともに、主要音楽分野のほとんどに代表作を残した稀有の存在となった。ド イツ圏ではバッハ以来、オペラをまったく残していない(または成功作がない)作曲家が多いだけに、貴重な作である。

( Wikipedia:フィデリオより引用 )
 
 
 
 
 

モーツァルトの♪魔笛、フンパーディンクの♪ヘンゼルとグレーテルと並び
ドイツの歌劇場では、お子様デーみたいな日に上演される事あると、昔聞いた
この3作品に、『勧善懲悪』が共通するのが理由とか




勧善懲悪、ね
世の中、水戸黄門様や遠山の金さんみたいに、白と黒がハッキリ分かれるほど単純かえ?




♪フィデリオの場合、「フロレスタンがよほど、胡散臭いわ~」
フロレスタンは、ドン・フェルナンドと友人である
大臣なんかと仲良しさんで政治活動する奴なんて

アタシゃ絶対、「何か悪い事しとるんちゃうかい」と疑いまくる
つうか、ドン・ピツァロが一体、どんな黒歴史を抱えてるの?
彼が善人とまで思わないものの、フロレスタンに「殺したるッ」と怒りまくりを見るとね~
フロレスタンの仕掛けた罠に嵌められた気がしてならん




ピツァロが暴君であるという告発の調査のため、大臣が抜き打ちで明日来所すると警告されていた
警告の手紙が実は罠であった可能性、無かったっけ?
ピツァロに支持者がいる可能性は、有る
10数年前、北欧の小劇場演出では、追放されるピツァロに追従する者がぞろぞろ現れたという
‘Opera’評、つまり英語評のため、演出の意図など細かい内容は頭に入っていないが、興味深くね?




フロレスタン、ピツァロの扱いといえば、♪レオノーレの結末が納得行く
「ピツァロが刑務所内で民衆からフルボッコにされる勢いなのを

フロレスタン夫妻が命乞いしてやり
民衆とフロレスタン夫妻の両者譲らず、お手上げになった大臣が、国王の裁量に任せる」
ピツァロが罪科免れないとしても、裁判を受ける権利は持つ
ピツァロをその場で蹴り飛ばしてギッタギタに料理したって許されるであろう者が

ピツァロの権利守るを見ると
「人間には赦せる事と赦せない事が多いけど

赦せない相手にも何か許してやる事は出来る」




ちなみに、ピツァロが悪人と言い切れるか?と考えるきっかけ作ったのは
 

 

 

 





ドイツのバス=バリトン歌手、グスタフ・ナイトリンガー(1910年3月21日 - 1991年12月26日)
from Beethoven Fidelio (Karl Boehm, Deutschen Oper Berlin)
1963年のベルリン・ドイツ・オペラ日本公演で、ピツァロ歌った
同じカール・べーム指揮による、1970年製作の映画版♪フィデリオでも歌ったが
Gwyneth Jones "Abscheulicher! Wo eilst du hin? " Fidelio
James King as Florestan in Fidelio
肝心のナイトリンガー映像が見つからないけど、ピツァロ登場する場面で、何度、笑うたやら
(美空ひばり女王様に見えるギネス・ジョーンズ長嶋のチョーさんに見えるジェームズ・キングも)
歌はもちろん、演技も上手いのよ
ただですな、映画だと、顔のアップ多いじゃん
普段は冗談ばっか言うてる人の好いオッサンが、目に現れてしまい…
色彩撮影でなく、白黒撮影だったら、少しはヒールの凄み感じさせたかもね~




ピツァロで笑うといえば

 

 

 





2000年当時、まだ42歳。若いわね
2014年12月7日現在、56歳。白くなりながらも何とか頭部健在
でも爺さんになってきたよなと、タヌキ寝入りしながらも記憶に残った
(NHKホール楽屋口で自分の名前入り鼻歌のノー天気ぶり

それも、13年経った現在も鮮やかに)
DVD出たら買おうっと

 

 

 

 

次記事へと続く