女の敵は、女と、女に洗脳された男 | mathichenの徒然なるままに

mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

女の敵は、女(平成Bitchの目に、THE昭和のアタシも敵に映るかね)
同時に、「女の敵は、女と、女に洗脳された男」、これも言えるぞ




女に必要なのは実利的な教育であって、天才級以外が学問修める必要は無い
少なくとも日本女性の大半に、高等教育は無用の長物である
その根拠、以下の会話にある(かなり省略した)
青文字:女優・秋野暢子の恩師である元国語教師、赤文字:mathichenさんという名の晶子さん

「アキちゃん、ワシ何が理解出来へんいうて、いまどき離婚する女の頭悪さやねん
オマエが悪いんやろなのに、慰謝料くれなんて~」


「先生、それを2ちゃんねるでは、伝説の92脳と呼ぶ
妻が有責配偶者なら、子供引き取れる場合の養育費は受け取れるが
慰謝料は、妻が夫に払うもの
それが、妻は無論その親まで加わって
女が無条件に慰謝料貰える言おうものなら、何様やねん思う
離婚されてカネ無くなれば困るんやったら、不倫やゼータクせえへんかったら済む話
その程度の女には基本、高等教育は親のカネ無駄使いするだけ、要らんわ
ま~托卵企んだとか聞くと、育ちの卑しい奴は先代以前から末代まで卑しい証明でしょ」


「それやそれ、親がアホやから、娘や息子までアホになるねんな
男の場合、ワシ同じ男として恥ずかしい
45歳とか50歳過ぎた息子が、特殊な事情も無いのに結婚出来ない
困ってるいう親おるけど、老後に親子共倒れ恐怖教えんと、甘やかすせいや
娘やったら、若い旦那さんがすぐ見つけてくれた磯野貴理子がどれだけ幸運か考えろ
嫁の腹デカイ間の気遣い出来ず、病気やない、稼げ、生活費も自腹切れ、家事も女がやれ
誰の子供をシンドイ思いしながら、十月十日腹に入れてる思うとるんや
自分を助けて貰うにしたかて、相手を助けな、男名乗る資格無い」


「孫守りなどで親に助けて貰うなら、親を助けるも知らなアカン」

「子供への責任は、親にある
親が子供とジジババへの全責任持てへんねんやったら、子供作るな」





【伝説の92】「あの・・・女なのに慰謝料払うんですか・・・?」
http://kijyosokuhou.blog.fc2.com/blog-entry-646.html
スレ住民といい、通りすがりといい、皆、頭に虫湧く思いを味わった
この92、最後には物の道理を理解した分、雨後のタケノコの如く続く同類よりマシだった
托卵だの、DN捏造だの、Bitchが親権獲得だの、男からカネと子供を毟り取ると比較すればね




とあるコメント欄に、「自分も中学生くらいまで、92脳だった」との書き込みがある
芸能人が妻に億単位の慰謝料払ったりするのを見て、いろいろ勘違いしたんだって
情報鵜呑み度世界ランキング上位国にして、情報操作され過ぎるアホな日本人の哀しさは置き
漫画‘はいからさんが通る’の舞台、大正まで時代の針を巻き戻したいぜ




明治維新後

国民皆学を目指した1872年(明治5年)の学制には、女児小学校もあり、尋常小学校の教科のほかに手芸も教えた。1869年のジョン・スチュアート・ミル『Subjection Of Woman』(邦訳では婦人の隷属、婦人解放など)がイギリスで出版され、西欧で婦人解放運動が叫ばれはじめ、日本でも1875年(明治7年)には森有礼が女性の地位向上を謳う「妻妾論」の連載を始めた。1872年には官立女子教育機関として東京女学校が新設されたが、西南戦争による経費削減のため1875年(明治8年)に廃止され、同年に田中不二麻呂の建白により、東京女子師範学校が開校された。1883年(明治15年)には同校の予科に替わって、高等普通科として付属高等女学校が設置され、1885年には学習院女子部が学習院から独立した。女子児童の就学率はなかなか上がらず、1893年の「女子教育ニ関スル件」(文部省訓令第8号)によると、学齢児童のうち修学者は50%強であり、女子に至っては15%しかなく、女児の就学率向上のために、保護者にもっと就学を働きかけ、地方の情況によっては女子のための実用的教科として裁縫を加えることを推奨した。

なお1899年(明治32年)の高等女学校令の実施以降、特にキリスト教宣教師、私学人による女子教育が振興され、科学、技術、地歴教育、習字、手芸、家政、体錬も加わったが、その基本とされた理念は良妻賢母であった。一方で1887年(明治20年)に渋沢栄一や伊藤博文らが発起人となって設立した女子教育奨励会は、欧米の貴婦人と対峙できる日本女性の育成を目指し、女性の社会参加と国際化の教育を推進した。

女子の高等教育は教員養成から始められ、1874年(明治7年)に女子師範学校が設けられ、1890年(明治23年)には女子高等師範学校が設置された。明治30年代になると、日本女子大学校などの私立の高等教育機関が設けられたが、いずれも専門学校(旧制)であった。その後、大正年間には女子の高等教育振興の声も大きかったが、女子は大学教育から疎外されていた。これについて「昔は男を立てるために女子への就学限度があった。これは一般男性の魅力を高めるために女子は大学では就学を認められなかった。」といった意見もある。

女子の中等教育は初期は私塾的な学校が主体となっていたが、女子中等教育制度が確立されると、師範学校令(1886年)により初等学校の教員を養成する女子師範学校と、高等女学校令(1899年)により普通教育及び実践教育を実施する高等女学校によって担われた。私立の主な学校には、跡見花蹊によって設立された私立跡見学校(1875年)、下田歌子によって設立された実践女学校・女子工芸学校(1899年)、戸板関子によって設立された戸板裁縫学校(1902年)・三田高等女学校(1916年)がある。

女子の高等教育は1890年(明治33年)に中等学校の教員を養成する女子高等師範学校を設置したことに始まる。 その後、専門学校令により私立の女子専門学校として、普通教育及び実践教育を目的とする日本女子大学校が1901年(明治44年)に成瀬仁蔵によって設置されたのを皮切りに、現在の私立女子大学の前身となる学校が次々と開設された。主な学校に、ミッション系の聖心女子学院専門学校(1916年)、東京女子大学(1928年)、横井玉子によって設立された女子美術学院を前身とする女子美術専門学校(1929年)、鳩山春子によって設立された共立女子専門学校(1928年)、津田梅子によって設立された女子英学塾を前身とする津田英学塾(1933年)がある。 官立の女子専門学校は、1923年(大正12年)の福岡県女子専門学校を皮切りに各地に開設されたが、官立の女子専門学校は、国ではなく道府県市によって設置された。 一方、1912年(明治45年)には医歯薬系の教育を目的とする東京女子医学専門学校が吉岡弥生により設置されたが、医歯薬系の女子専門学校は第二次世界大戦期になるまで長く私立の学校のみであった。 なお、旧制大学には女子大学として設置されたものはなく、大学レベルの教育を受けるためには一般の大学に入学する必要があった。「女子教育刷新要綱」により、旧制大学が正式に女子学生を受け入れた1946年、東京大学では全入学者1026名中女子生徒は19名で全体の1.9%、京都大学では入学者1505名中17名で全体の1.1%だった。なお戦前の学制では、女子学生は大学の進学課程とされていた旧制高等学校に入学することが出来なかったため、女子学生が大学に進学するには女子高等師範学校、女子専門学校から進学(傍系入学)した。

( Wikipedia:女子教育より引用 )

女子への門戸が開かれつつ、しかしながら、現代と比べ物にならない制限や苦労が立ちはだかった
はいからさんの紅緒が伊集院伯爵家窮乏を救うべく、就職先探す件を思い出してみなよ
女嫌い編集長から「女と思わんからな」てな条件出されての出版社入りだったじゃん
女子が高いハードル乗り越える向学心と向上心持てばこそ
権利意識だけが向上した平成Bitchがタイムスリップしたら、門前払い連続で路頭に仆れるだろうよ




昨日記事に、ウチのジジィ保佐する司法書士女史について書いたね
以前、高島屋で買い物する女史と一緒に駅前へ向かう道中
「司法書士資格だけで、後見人になれます
(第三者だと報酬が負担になるため、親兄弟といったド素人が担うのが、世の中普通だよ)
ワタシは成年後見手がけるを見据え、子育て一段落の後3年間勉強し、社会福祉士資格取得しました
まだまだ勉強不足ながら、やはり福祉知識持たないより、被後見人側の立場を理解出来ますからね」
…弟お坊っちゃまの後見人選任時、田辺から派遣された、お受験脳小娘調査官に聞かせてぇ~よ




mathichenさんが、とある介護職員さんに
「正解は一つの数学でも、解答へ辿り着く思考は千差万別です
実際、答を導き出す理論から攻める教育方法の国ありますよ
一つの方法に拘らず、曖昧な部分を理解するって
詰め込み型受験勉強慣れしていたら困難じゃないですかね」
すると
「答えが3であったとしたら、そこに辿り着く計算は
1+2であろうが、4-1であろうが、6÷2であろうがいい」
言い方を変えると
「価値観は人それぞれというが、普遍的な常識や倫理観はブレない前提での話である」
と同時に
「いろいろな顔持つ100人を仕切るのに、一定の流れは必要
しかし、マニュアル通りには行かない」
「餅は餅屋ながら、専門バカみたいなタイプに、福祉のような百人十色的な世界は向かない」
という意味でやんす




第三者だと報酬が負担になるため、親兄弟といったド素人が担うのが、世の中普通だよと書いた
仕事あれば生涯おひとり様でいい☆気楽で最高♪や、専業主婦見下す共稼ぎ小娘青二才を
司法書士女史も、「ホント、お子様ですよね」
「独り暮らしのおばあちゃんの年金が、後見人への報酬だけでフッ飛んで行く
そのようなケースが増えています
経済的困窮者には無報酬で後見する事例も増えて来ていますが
定年過ぎても働く事出来ようと、いつ病気になるか知れないし、老後資金バッチリと限りません
介護人が確実に1人確保される在宅介護主体の時代を迎えれば
主婦や独身者の拘束が増えるでしょう
晶子さんの仰る通り、今後、専業主婦の価値上がります
専業さん見下すなんて、生意気過ぎる
苦労知らずには、タップリ痛い目に遭って貰うべきでしょうね」




現代でも数多くない女性の司法書士の世界で、54歳BBAが熟練として活躍する
雇用機会均等法施行当時から生き残っているを、どちら様もジックリ考えてごらん
若年層に限らず中途半端な職業婦人など、学歴バカ、娼婦にもなれない糞と断言するわ
娼婦にもなれない?
終戦直後など混乱した時代に、定職就けず、駐留軍兵士の愛人とか選ぶ女性を考えてごらん
ゼータクしたくての女性もいただろうけど
父ちゃんや兄ちゃんが戦死し、母ちゃんや幼い弟妹を食べさせるためもいたと見ていい
親や福祉に大股開きながら、受験して、就職して、豚児産み垂れ流してに真似出来るかってのさ




「男女は人間として平等であって、男女それぞれの領分の変更は不可である」
これ、男にも言える
男は基本仕様、女より幼稚だ
女が尚更、己の領分を守り、男に男の領分を叩き込まねばならない
主婦の場合、家庭の外へ出て働くなら
夫が有事に妻子を守る一家の主としての義務と責任感持たせねばならない
陰でブツブツやりながら、家内と外での仕事何から何まで背負い切る妻も悪いんだよ
記事題名の意味、わかった?





次記事へと続く