http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10121141685
いまはパート疲れを癒すストレス食いで太った母ちゃんにも、娘時代は存在した
時代や嗜好は変われど存在し続ける青春小説を、夜中に煎餅かじりながら涙したのやら
昔々、秋元文庫に、『南 英男:青春問題小説シリーズ』
1975年(昭和50年)5月26日初版として、‘高校生歌手’が発売された
汚納戸のどこかにホコリ被ってる探し出すのメンドクサイため、記憶力頼りのあらすじをば…
結城恭子は、都立高校1年生。両親と地道に暮らす普通の少女である
ある日、同級生( * 名前忘れた。敏江にしとく)と街を歩いていると
茶色の髪、光の具合によって緑色にも変化するヘーゼルの瞳を持つ恭子を見て
滝と名乗る中年男が、「失礼だけど、君はハーフかね」と声をかけてきた
事実、恭子の実父はフランス人で、現在の父は継父に当たる
芸能マネージャー歴15年を誇る滝は、恭子がモデル向きと称賛し
恭子は芸能界にあまり好印象は持っておらず、断ったものの
滝の執念たるや、恭子の住所を探し出し、家までスカウトに訪れるほどだった
父の反応は、反対も賛成もしない、恭子の意思次第
一方母は、娘時代の芸能界への憧れもあって、すっかり乗り気
恭子自身、バイト感覚ならいいかと、モデル開業を了承した
払った代償は大きかった
芸能界入りに熱心なのは、敏江の方であり、彼女もテストを受けた所
直後、朝の教室で、気分が塞いでいる姿を心配した恭子に対し
滝から「整形すれば、ハーフとして通るかもね」みたいな断られ方したをぶちまけ
「何よ。ハーフなんて皆、不良外人から生まれたくせに」と怒りを発散させたのだ
なるほど恭子の実父も、母と娘を迎えに戻ると言いながら、姿を見せず
心配になった母が父の住所を尋ねると、嘘の住所教えられたを知った
それでも恭子にすれば、一時的にも両親の間に愛情あったと信じたく
また信じなければ、自分の存在意義が無いに等しいではないか
謝罪はしたものの、敏江に思わず平手打ちの結果、二人の仲は決裂を迎えた
あくまでバイト感覚のモデル業
それが数ヶ月後には、アイドル歌手として人気絶頂
芸名は、フランスの女子名ミレーヌからミレを取り、レミと逆にして、結城レミ
モデルの仕事の休憩中、ギターを何となく手に取り、軽く歌ってみたら
異国情緒漂う恭子の歌う姿を見て、滝が金の卵を発見したと興奮気味となり
戸惑う恭子が押し切られる格好で、オーディション、歌手デビューへと展開したためだが
弱肉強食、勝てば官軍の芸能界とはいえ、ポッと出の小娘であり
苦節何年の先輩歌手たちからの妬みがひしひしと感じ取れ
主演TVドラマ企画が持ち上がれば、スポンサーとの『枕営業』の罠が待ち受けているなど
人気はうなぎ登りで、滝はご満悦になるも、レミ自身は孤独を覚えていた
トイレに行くのも一苦労という分刻みのスケジュールが続く日々
過労であろう、ある日の仕事中、眩暈に見舞われた
バンド・ボーイの江間信之が、セットの倒壊から身を挺して守り、怪我をした結果
まだ20歳前後の信之と、若者同士の純愛と密会が始まり
その頃にはレミも芸能界への未練は無く、ある日、二人は逃避行を敢行する
すぐ見つかり、信之は滝に脅迫されるも、レミが真剣に引退考えているを匂わせると
取り敢えず、静観の形を告げられ、レミも安心して、仕事を続けるに同意した
が、ここにも思わぬ罠が、二重に待ち受けていた
一つ目の罠は、滝が信之に、手切れ金として米国での音楽修業費用を申し出たこと
優しかった信之が掌を返し、目の前の利益に飛びつくなんて…
そこへ、二つ目の罠として、逃避行含むレミと信之の関係を芸能誌スッパ抜きが
滝からの手切れ金受け取りながら、さらなる利益求めた信之によるタレコミ情報だなんて
レミ自身のみならず、何人の人生を破滅させるのだろうか…
レミは生きる気力を失い、ある夜、自宅マンションから身を投げ、命を断った
ある日、同級生( * 名前忘れた。敏江にしとく)と街を歩いていると
茶色の髪、光の具合によって緑色にも変化するヘーゼルの瞳を持つ恭子を見て
滝と名乗る中年男が、「失礼だけど、君はハーフかね」と声をかけてきた
事実、恭子の実父はフランス人で、現在の父は継父に当たる
芸能マネージャー歴15年を誇る滝は、恭子がモデル向きと称賛し
恭子は芸能界にあまり好印象は持っておらず、断ったものの
滝の執念たるや、恭子の住所を探し出し、家までスカウトに訪れるほどだった
父の反応は、反対も賛成もしない、恭子の意思次第
一方母は、娘時代の芸能界への憧れもあって、すっかり乗り気
恭子自身、バイト感覚ならいいかと、モデル開業を了承した
払った代償は大きかった
芸能界入りに熱心なのは、敏江の方であり、彼女もテストを受けた所
直後、朝の教室で、気分が塞いでいる姿を心配した恭子に対し
滝から「整形すれば、ハーフとして通るかもね」みたいな断られ方したをぶちまけ
「何よ。ハーフなんて皆、不良外人から生まれたくせに」と怒りを発散させたのだ
なるほど恭子の実父も、母と娘を迎えに戻ると言いながら、姿を見せず
心配になった母が父の住所を尋ねると、嘘の住所教えられたを知った
それでも恭子にすれば、一時的にも両親の間に愛情あったと信じたく
また信じなければ、自分の存在意義が無いに等しいではないか
謝罪はしたものの、敏江に思わず平手打ちの結果、二人の仲は決裂を迎えた
あくまでバイト感覚のモデル業
それが数ヶ月後には、アイドル歌手として人気絶頂
芸名は、フランスの女子名ミレーヌからミレを取り、レミと逆にして、結城レミ
モデルの仕事の休憩中、ギターを何となく手に取り、軽く歌ってみたら
異国情緒漂う恭子の歌う姿を見て、滝が金の卵を発見したと興奮気味となり
戸惑う恭子が押し切られる格好で、オーディション、歌手デビューへと展開したためだが
弱肉強食、勝てば官軍の芸能界とはいえ、ポッと出の小娘であり
苦節何年の先輩歌手たちからの妬みがひしひしと感じ取れ
主演TVドラマ企画が持ち上がれば、スポンサーとの『枕営業』の罠が待ち受けているなど
人気はうなぎ登りで、滝はご満悦になるも、レミ自身は孤独を覚えていた
トイレに行くのも一苦労という分刻みのスケジュールが続く日々
過労であろう、ある日の仕事中、眩暈に見舞われた
バンド・ボーイの江間信之が、セットの倒壊から身を挺して守り、怪我をした結果
まだ20歳前後の信之と、若者同士の純愛と密会が始まり
その頃にはレミも芸能界への未練は無く、ある日、二人は逃避行を敢行する
すぐ見つかり、信之は滝に脅迫されるも、レミが真剣に引退考えているを匂わせると
取り敢えず、静観の形を告げられ、レミも安心して、仕事を続けるに同意した
が、ここにも思わぬ罠が、二重に待ち受けていた
一つ目の罠は、滝が信之に、手切れ金として米国での音楽修業費用を申し出たこと
優しかった信之が掌を返し、目の前の利益に飛びつくなんて…
そこへ、二つ目の罠として、逃避行含むレミと信之の関係を芸能誌スッパ抜きが
滝からの手切れ金受け取りながら、さらなる利益求めた信之によるタレコミ情報だなんて
レミ自身のみならず、何人の人生を破滅させるのだろうか…
レミは生きる気力を失い、ある夜、自宅マンションから身を投げ、命を断った
何故、こんな記事を書いたか?
親がうるさいです…
最近母親が芸能事務所に入れとうるさいです。どうすればいいでしょうか…
高1のころにスカウトされました。その時は私が嫌だ嫌だと言ったので断ってくれたのですが、まだ諦めてないようです。毎日毎日「事務所にいってみたら?」と言われます。
別に芸能界に偏見をもっているわけではないですし、やってみてもいいかなと思いますが、特にやる気のない私がそんな事務所に入ったところで厳しい業界で何にもならないと思うし、時間の際以下ということは際以下ということは際以下ということは、無駄のような気がします。それにあまりに母親がうるさいので、私は頑固なので母親のいいなりになるのは正直嫌です。
母親は芸能界に憧れをもっていて、しかもお金が儲かると思っているっぽいです。母親は昔アイドル歌手になるのが夢だったようで、ずっと昔に「私の夢をあなたがかわりに叶えて」みたいなことを言われた気がします。私はその考えが大嫌いです。ただ娘ってだけなのに、どうして母親の夢を押しつけられなきゃならないんだって感じです。
しかも母親は、「あなたのため」といってきます。絶対違いますよね。自分が楽しいからでしょう。もし私のためを思うなら、「あなたがもしやりたいと思うなら応援するよ」って言ってきますよね?私の考えは間違いでしょうか。
とにかく、母親の昔の夢をおしつけられるのもいやだし、芸能界だってむしろチャレンジしたい気持も無くは無いですが、母親がうるさくいってくるせいでうっとおしく感じます。母親の言いなりになりたくないので否定的に考えてしまいます。
母親は私のことを思ってではなく、自分のことを思って言ってますよね?こんな母親を黙らせるにはどうすればいいでしょうか。本当に困っています。
( http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10105616150?fr=top_mantenna )
母親、娘ともに中途半端、どっちもどっちでしょ
娘が19歳以下ということは、母親は多分40代後半辺り
昔ながらの少女アイドルがまだ全盛期にあった1980年代に育ち、影響受けた
おにゃん子クラブに憧れ、九州辺りから家出した一団いたニュース覚えてるけど
「東京行けば、すぐ入れる」程度の感覚というから
表面的な華やかさしか与えない芸能界の罪は深い、ギャルどもは軽いというより気の毒だね
娘は娘で
「別に芸能界に偏見をもっているわけではないですし、やってみてもいいかなと思いますが、
特にやる気のない私がそんな事務所に入ったところで厳しい業界で何にもならないと思うし、
時間の際以下ということは際以下ということは際以下ということは、無駄のような気がします。」
結局、やりたいんでしょ
ただ、芸能事務所からスカウトされたのがどの方面でかによるけど
ベストアンサーの回答にあるように
「人生を決められたくない、と思っているのに、結果的には
『母親に反抗する』形で、芸能事務所に入る、見学さえできないという、
人生を決めてしまっています。
ああいうのって、年齢が若いほど良いと言いますし、
母親のことを抜きにしてみてください。」
母親のことを抜きにしたって、時期的にもう遅いかもしれず、しかも意志が弱い
間に合うとして、アナタ、『枕営業』を念頭に置いてますか?
100人芸能界志願ギャルがいたら100人全員がやると決まってないものの
どの業界においてもオトコどもって狼なのよを覚えとかないと痛い目見る
モデルから女優に転身したファラ・フォーセットが
モデルの仕事上がりに、一人の誘いを断ったら、その仕事自体がお蔵入りした
マリリン・モンロー曰く
「身体を売ってスターになろうとしたって、そうそう出来るもんじゃないわ
それよりもっともっと必要ななことがあるのよ
確かに、足しになるけどね」
( * マリリンは初めて良い仕事を得られた時
「これでもう、ナニもしなくていいのね」と安心した顔になったそうな)
シャロン・ストーンに至っては、「ナニでのし上がれるのは中くらいまでよ」
つまり、文字通り身体張ったって、売れないもんは売れないって意味
売れない組の末路、もはや堅気感覚を失ってるんで、大抵は夜の世界へ消える
売れたら売れたで、『枕営業』やった女優リストなんかに載ったりする覚悟要る
成功と挫折いずれにせよ、人生賭ける覚悟持たなければ、最初からお止しなさい
知恵袋質問者の場合、挑戦するとしたって、夢見る夢子さんの母親を黙らせる戦闘が先決ね
大学を出てニューヨークにやってきたアン(バーバラ・パーキンス)は、芸能周旋社に秘書として入社した。初仕事は大スターのヘレン(スーザン・ヘイワード)の契約をとることだったが、ヘレンは有望な新人ニーリー(パティ・デューク)を自分のショウから、はずすことを条件に承諾した。舞台でくわれるのを恐れたためである。その後ニーリーは、宣伝やメルの世話でテレビやナイトクラブに出演し、実力にみあう人気を得ていった。ニーリーと親しいグラマー女優のジェニファー(シャロン・テイト)はナイトクラブの歌手トニーと結婚した。ニーリーとメルも結婚したが急に大スターになったニーリーは、日ごとわがままになり、2人は離婚。彼女はデザイナーのテッドと再婚した。一方、アンは社長の補佐役をしているライオン・バークと肉体関係を持つようになった。アンの母親が急死し帰省した彼女をバークが追ってきた。芸能界から足をあらい一緒に田舎で暮らしたいと言ったが、アンは拒否。彼は故国イギリスへ帰っていった。その後アンはコマーシャル・ガールとなって売り出し、スポンサーとの関係もできたが、バークを思い切ることはできなかった。バークが再び芸能界に帰ってきた。再会した2人は海辺の家で生活を始めた。その頃ニーリーは酒と薬で身体をこわし精神病院に入院。ジェファーは不治の病で入院した夫トニーの入院費を得るために、パリへ行ってピンク映画に出演。だが帰国後病気になり、グラマー女優の生命ともいうべきバストを切りとらねばならなくなった。彼女は自殺した。一方、退院し芸能界に復帰したニーリーのマネージメントはバークが担当した。その頃すでに再婚した夫とも別れていた彼女はバークと関係を結んだ。そして自分の作品に出演する有望新人を、くわれるかもしれないという心配から、どんどん馘にした。かつて自分がそうされたように……。そのうえ、またしても睡眠薬と酒で身体をこわし、自分は大スターだと叫びながら、路上で倒れた。バークを失ったアンは、ひとり故郷に帰っていた。そこへバークが再び帰ってきた。しかし彼女は故郷の空気を吸いながら、当分ひとりでここにいたい、この土地が、自分は1番好きなのだと答えるのだった。
( Movie Walker:『哀愁の花びら』より引用 )
1967年のサイテー米国映画にして、原作もサイテー級通俗小説ではある
ただね…
ジェニファーは玉の輿に乗ったはずだが、夫は精神的欠陥持ちでね、彼の入院費得るため
パリへ行ってピンク映画に出演、何とかおカネ得るも
帰国後病気になり、グラマー女優の生命ともいうべきバストを切り取らねばならなくなり
薬過剰摂取か飛び降りか、記憶曖昧だけど(薬のせいではな~い)、命を断ってしまう
…シャロン・テートが哀愁漂わせてさ、もお泣けるのよ
シャロン・テートいうたら何しろ…
1960年代にテレビの小シリーズに出演し、その後、映画に進出した。映画『吸血鬼』で共演したのが縁で1968年に映画監督のロマン・ポランスキーと結婚したが、翌1969年、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者達の一人、スーザン・アトキンスら5人組によって、一緒にいた他の4名とともにロサンゼルスの自宅で殺害された。殺害当時彼女は妊娠8ヶ月であった。彼女は殺害の際に、子供がいるから助けてと哀願したというが、アトキンスらはナイフで16箇所を刺して殺害した。ポランスキーは、生まれることなく死んだわが子にテートと自らの父の名を取ってポール・リチャードと名付け、テートとともに埋葬した。
事件の10年後、彼女の母親ドリス・テートは殺害犯がカルト的信奉を得、仮釈放の可能性が生じたことを嫌悪し、殺害犯の釈放反対運動に参加した。彼女の運動は公の注目となり、州法修正システムへの批判は1982年のカリフォルニア州刑法修正に結びついた。これらの修正で犯罪被害者とその家族が、判決および仮釈放審問において陳述を行うことが可能となった。彼女は新法の下、娘の殺害犯チャールズ・マンソンの仮釈放審問において陳述を行った最初の人物となった。
テート殺害の主犯スーザン・アトキンスは、1971年に死刑判決が下ったが、カリフォルニア州の死刑一時撤廃に伴い、マンソンらとともに終身刑に減刑され、2009年9月24日に同州の刑務所で脳腫瘍のため獄中死した。
( Wikipedia:『シャロン・テート』より引用 )
事件の詳細は閲覧者各自で検索してくれ
綺麗なおねえさん大好きなmathichenさん、花粉症でもないのにもお涙止まらんもんで~
一言書くと、「この事件により、腐れヒッピー嫌いになった」
どうにか正気を戻し
洋の東西問わず、欲望、スキャンダル、愛憎劇が渦巻く芸能界
一度罠に落っこちると二度と這い上がれない覚悟持つ者だけが挑みましょうね