天気は好い。機嫌はいくな~い。外出かけるのメンドクサイ。外出たら何かとカネ高い
眠いので自信ないけど、30年以上前の記憶を探偵物語してみました
例年、卒業シーズンのいま頃、妙に懐古趣味に浸りたくなるのですわ
墓場に近づいたアブナイとしごろ?春風のいたずらッ
…モモエちゃんに、「脚はスマートだと思いますか?」
無礼者ッ。太いに決まってるわッ。‘赤い衝撃’で陸上界期待のスプリンター少女役が無理あるんだってッ
オンナの脚はマリリン・モンロー見てわかるように、ムッチリが艶っぽいのぉ
脚の太さは見えませんが、13歳にも見えませんよね
大賢者様を引用すると
1973年4月、映画『としごろ』に出演し、5月21日に同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子・桜田淳子と共に「花の中三トリオ」と呼ばれた。デビューのキャッチコピーは「大きなソニー、大きな新人」。
デビュー曲の「としごろ」は、スタッフの期待以下のセールスに止まったため、第二弾の「青い果実」ではイメージチェンジを図り、大胆な歌詞を歌わせる路線を取った。これは「青い性路線」(「性典ソング」)と呼ばれるようになり、それは1974年の「ひと夏の経験」の大ヒットで大きく花咲くこととなった。年端のいかない少女が性行為を連想させるような際どい内容を歌うという、この「青い性」路線で百恵は絶大な人気を獲得することになる。歌詞の内容は際どかったが、辺見マリや夏木マリ、あるいは1970年代に復活した山本リンダなどのセクシー路線の歌手と違い、百恵は年齢が低くビジュアル面では純朴な少女というイメージだった。歌とビジュアルのギャップ、それに伴うある種の背徳感が、百恵の人気を独特なものにしていったと言われる。これは百恵の芸能人としての資質によるだけではなく、所属事務所やレコード会社による周到なイメージ戦略の賜物でもあった。「ひと夏の経験」を歌っていた時期のインタビューでは大抵「女の子の一番大切なものって何だと思いますか」と質問されたが、百恵は全て「まごころ」で通した。
( Wikipedia:『山口百恵』より引用 )
デビュー曲は、スタッフの期待以下のセールスに止まった。原因は、「イメージ戦略を間違えた」
一行で書くと、「桜田淳子のEpigonen、亜流、パクリ」
高いキーで歌い、朗らかな少女らしさを演出する。モモエちゃんの守備範囲をかけ離れてるでしょ
ニッコリ笑顔見せても、持って生まれたとしかの暗さ。これはモモエちゃん自身にも変えられるかいな
年齢が低くヴィジュアル面では純朴な少女というイメージ
歌とヴィジュアルのギャップ、それに伴うある種の背徳感
スタッフが早目に気づき、暗さを逆手に取った攻略法が成功したのね
1976年の♪赤い運命や♪横須賀ストーリー、その辺りを聴いてごらんなさい(読者各自でYouTube検索せよ)
女性にも変声期はあり、モモエちゃんの場合、17歳頃に終わったとわかります
『性典ソング』が、長い目で見れば、大人の女性への転換をスムーズにしたのでしょう
持って生まれたとしかの暗さ。歌手としてだけでなく、女優としても。例を挙げ出したらキリないくらい
代表例をドラマで挙げろ?決まってんじゃん。TBSの『赤いシリーズ』、それも初期の3作品
‘赤い迷路’(1974年)では、精神科医の娘として育つも養女で、実は殺人犯の娘だっけ?
‘赤い疑惑’(1975年)では、最終回どんだけ泣いたか。だってぇ…
大島茂(宇津井健)は妻・敏江との間に、17歳になる娘・幸子(山口百恵)を持つ大学助教授。フランスにはデザイナーとして活躍する妹の大島理恵(岸恵子)がいる。実は、その理恵こそが幸子の本当の母親であり、幸子は大島家の実の娘では無かった。
パリに住む理恵が日本に来るという日、父・茂を空港に連れて行くために大学にやって来た幸子は、学内の爆発事故に巻き込まれ、放射線療法用コバルト60からの放射線に大量被曝してしまう。その時、幸子を助けたのが、相良光夫(三浦友和)という医大生だった。しかし幸子は、白血病になってしまい闘病生活を送ることになり、その間に父と母の秘密、そして、互いにひかれあったはずの光夫との、本当の関係(実は異母兄妹だった)を知っていく。
( Wikipedia:『赤い疑惑』より引用 )
‘赤い運命’(1976年)に至っては…
昭和34年9月26日に上陸した伊勢湾台風で、家族が行方不明となってしまった吉野(検事)と島崎(殺人の前科持ち)。彼らは、17年の時を経て、ようやく自分の娘を探し出すことに成功した。しかし、引き取られていた施設は、火事による混乱で、親子の証拠となる物が入れ替わっていた。吉野の娘は島崎の元へ、そして島崎の娘は吉野の元へ引き取られてしまう。やがて、偶然見つかった吉野の妻が、娘の腕にあった特徴を思い出し…。
( Wikipedia:『赤い運命』より引用 )
極道親父(島崎)にブン殴られるとも「お父さんですから」と仕え、極道から生来の優しさ引き出す孝行娘
失礼ながら変わり者である三國連太郎が、モモエちゃんとの共演を希望し、自ら出演に名乗りを上げたといわれ
翌1977年、映画‘霧の旗’で再共演したほど、スーさんは女優としてのモモエちゃんを認めたとのこと
個人的には、モモエちゃんの真の転換期は、1978年夏に訪れたと見ています
山口百恵。「絶体絶命」の歌詞
山口百恵の絶体絶命という曲で,1番は「ふたりとも落ち着いてって言ったわ」という歌詞がありますよね。 その意味はわかるのですが,2番の「ふたりとも 愛してるって言ったわ」は,歌詞に出てくる彼が,女の人たちを「ふたりとも同じくらい愛してるんだ」というような意味ですか?
それとも彼と,泣いている女との2人の間での会話で「愛してるよ」と言い合っているのでしょうか?
質問日時:2009/9/7 21:10:00
解決日時:2009/9/7 21:52:00
ベストアンサーに選ばれた回答
>女の人たちを「ふたりとも同じくらい愛してるんだ」というような意味
私もそのように解釈してきました。
「3人模様の絶体絶命」という歌詞がありますので
男1女2の三角関係でしょう。男性が二人の女性を同じくらい
愛しているということだと思います。
回答日時:2009/9/7 21:19:19
( http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1030359760 )
♪秋桜(1977年)では、明日嫁ぐ娘の心情
♪プレイバックPart2(1978年春)では、アホな坊やに「疲れるわ~」のおねえさん
という具合に、大人の女性への露払いは済んでいたとはいえ
♪絶対絶命、19歳のいまだ未成年にして、不倫三角関係を歌ってる~
「薬指には銀色に輝く 指輪が私を弾いてる」、これは『私』じゃなく、『その人』を指す
つまり、モモエちゃんの役回りは、人様の旦那をドロボー猫…
ま、最後に、「その人の涙の深さに負けたの」、やってられないわbyebye、潔いのは許す
と思っていたら、同年秋、スキャンダル(愛の日々) 山口百恵
TBSドラマ‘人はそれをスキャンダルという’主題歌ですけど
オープニング場面の西洋人形、忍び泣き?怖すぎる…じゃなくて
ドラマの内容を一行で書くと、「モモエちゃんが未婚の母になる」
テーマは、『自立していく女』
原作はフランスの作家、ロマン・ロランの‘魅せられたる魂’
世間知らずのお嬢様から、激しい恋、そして出産、未婚の母など激しい人生の変転の中で少しずつ強くなる
…と言われても
現役アイドル、それも未成年が、いまでいうシングルマザー、それも×つけず戸籍汚さんタイプなんて
人はそれをスキャンダルという。少なくともmathichenさんはそういうッ
♪絶体絶命ではドロボー猫、‘人はそれをスキャンダルという’では未婚の母
モモエちゃん自身はどう捉えていたんでしょうね
『山口百恵さんは、三浦友和が浮気をしてしまうと、百恵さんは、どうするだろうか? 』
ヤホーならぬアホー知恵袋より。回答をね、見て頂きたいのさ
モモエちゃん自身は
「父と母は、いわゆる法律的に認められた夫婦関係ではなかった。父には、すでに家庭があり、子供もいた。母を愛しはじめた時、父は母の父に『責任を持ってきちんとします』と言明したという。だが、戸籍に書かれた娘たちの名前の上には『認知』という二文字が置かれている。母はそんな経緯を娘たちにはことさら報せようとはしなかった。
私がそのことを知ったのは、高校へ入学してすぐだった。すでにその頃、芸能界で仕事をしていた私の、ゴシップのひとつとして週刊誌が戸籍謄本を『出生の秘密』と題して掲載したのである」
(‘蒼い時’山口百恵著 集英社文庫 昭和56年 p.15~16より引用 )
本妻が、愛人の所に怒鳴り込んできた
愛人の子供は、『怖いおばさん』と思った。子供は何も知らされていない。怖がるのは当然の話
父は、異様なまでに可愛がってくれ、欲しい物を言えば買ってくれる
帰ってくるというか、やってくるのをどこかで心待ちにするほど、娘は父が好きだった
ところが、中学に入った頃から
「ボーイフレンドがもし出来て腕でも組んで歩いたらブッ殺す」
と激しい口調で迫る父の視線が不潔なものへ…
本には、あまり都合悪いことは書かれていないと思います
行間から、モモエちゃんの感情を読み解けばいいのです
アタクシの場合…
夫と死別の他、離婚するだけの正当な理由などがあり、シンママ全員がダメとは言わない
自分の都合を女の意地だと意気がるタイプが許せんのよ
男の子は父親を規範とするため、女の子は母親を規範とするため
男の子は母親を女性見る目養うため、女の子は父親を男性見る目養うため
子供は生まれたら、生きる義務持ち、両親揃った家庭に育つ権利持つが大前提ですからね
発言小町に、「彼氏の死後、妊娠わかり、彼氏には本妻がいたのを知った」が見られました
小町の女性陣は概ね、「一人で頑張って育てましょう。応援してますよ~」
冷静な精神状態を取り戻してから養子含めての判断せよの意見には、「こういう人に親になる資格ないわよ」
ネットで自分を特定されないと考え、生命第一主義を歌うバカよりはまともですわ
こういう輩こそ、自分の息子や娘の結婚には、相手の家柄をやいのやいの言うと相場が決まってるじゃん
…という具合に、約30年後のシンママ嫌いに結びつきました
モモエちゃんに戻ると
愛人の子として生まれた約20年後、ドロボー猫を歌い、経緯は違えど私生児持つ女性を演じた
モモエちゃんはどう感じていたのやら…
それが気になる、引退当時のモモエちゃんより倍以上の年食った、人生約半世紀の現在です
最後に
ドラマで実と義理関係なく父娘を演じた、宇津井健
モモエちゃんの結婚に当たっては、仲人を務めました
宇津井さんは信頼されていたんですね
宇津井さんにはモモエちゃんに関して、こんなエピソードあったと記憶しています…
「モモエちゃんが街のショーウィンドウの前に立ち、赤いバッグを見つめていた
赤は、モモエちゃんの好きな色。そのバッグが欲しくて、迷っていたのだと思う
宇津井さんは、目撃したその場では何も言わず動かず、3,4日後、モモエちゃんにバッグを贈った」
…ゴチャゴチャ書かんでも、これこそ、子を思う親心わかるでしょが(飽食小皇帝一家嫌いの理由)