復活祭で思い出したお話をば
ザルツブルク復活祭音楽祭(Die Salzburger Osterfestspiele)。詳細は、コチラ
指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが、ワシの好き勝手にしたると創設しました
よほどバイロイト音楽祭に未練があり、どうしてもワーグナー楽劇を上演したかったのでしょう
カラヤンは、作曲家ワーグナーの孫ヴィーラント・ワーグナーとは親しかったものの
ヴィーラントの弟ヴォルフガングとは、さほど関係が良くなかったと記憶
ヴィーラントが1966年に49歳で早世となれば、ますますバイロイトと疎遠になったはず
(ついでに書けば、ヴィーラントの彼女は、彼の嫁から追放処分を食らいました)
Karl Ridderbusch - Verachtet mir die Meister nicht - Dir.: Herbert von Karajan (Salzburg 1974)
1974年上演の♪ニュルンベルクのマイスタージンガーより幕切れ部分
靴屋ハンス・ザックスが、若い騎士ヴァルターに崇高なるドイツ芸術どーたらとお説教垂れる
ニュルンベルク市民が賛同して、「靴屋、アンタは最高☆」と大絶賛で締めくくる
靴屋役のバス歌手カール・リッダーブッシュは、元々は何かの職人
テナー歌手ルドルフ・ショック関係のノド自慢大会に入賞からプロ歌手の道へ
バイロイト音楽祭常連でもありました
顔と身体はゴツイけど美声がアタクシの気に入っておりますのさ
1974年のバイエルン国立歌劇場日本公演参加の際には、もらった日本酒の瓶を抱えて大喜び
大酒飲みらしいカワイサ満点だったと、1954年生まれから聞きました
(1966年生まれが現場を見聞きしてるワケなかろ)
カラヤンが1975年12月から1981年5月にかけて録音した♪ローエングリンにも主要な役で起用
ところで、「いくらワーグナー作品が長大いうても、何で、録音に5年半もかかるねん?」
諸事情はあったものの、有名なのは、「カラヤンとリッダーブッシュが一時、関係悪かった」
リッダーブッシュは、白熊系巨体であり、足腰に負担がかかりやすい
カラヤン指揮の舞台上演の際、リッダーブッシュが立ちっぱなしはキツイと椅子を懇願したら
「立っとる分だけのカネ払うとるで」みたいなエラソーな返答だったんですと
そりゃ怒りますわな
自分は鳥のオウムみたいな悪声で、主役の男女が悪声コンビと言われる某ワーグナー録音する
後年、新設SONYがようやく専属契約を取り付けたら、直後にポックリ昇天(地獄落ちか)
ま、アタクシは中身はカラヤン好かん、別にどーでもなんですけど
元ソニー社長、大賀典雄氏死去 東京フィル会長など歴任
2011年4月23日23時10分
元ソニー社長で、音楽家としても知られた大賀典雄(おおが・のりお)さんが23日、多臓器不全のため、東京都内の病院で死去した。81歳だった。葬儀は近親者のみで行い、後日、社葬を開く。
静岡県沼津市出身。東京芸大音楽学部卒業後、東京通信工業(現ソニー)と嘱託契約を結び、ベルリン国立芸術大学音楽学部卒業から2年後の1959年にソニーに入社した。
64年に34歳で取締役、82年に52歳でソニー社長に就任。95年に会長、00年に取締役会議長、03年に名誉会長に就いた。06年に相談役に退いた。米CBSレコード、コロンビア・ピクチャーズを買収するなどハード・ソフトを「車の両輪」とする経営を進めたほか、94年発売の「プレイステーション」で家庭用ゲーム機市場への参入も決断した。
99年から東京フィルハーモニー交響楽団会長・理事長、04年からは東京文化会館館長を務めた。LPレコードに代わるメディアとして、CDの録音可能時間をベートーベンの交響曲第9番が収まる約75分にするなど、規格づくりを主導した。世界的な指揮者のカラヤンとも親交が深く、その最期をみとったことで知られる。
( 出典先:asahi.com )
確か、カラヤンが倒れた現場にいたんじゃなかったっけ?
現場にいたかは置き、1954年生まれと意見が一致したのは
「高いカネ払うた直後だけあって、真っ青になったやろな~。復活を必死で祈ったんちゃうけ~」