バンドゥン旅行記②
バンドゥンの町をぶ~らぶら

なぜか至るところで、インドネシアの旧札を売っています

スンダ地方の文化を知るため、博物館へ

変てこな形の土器、人間の顔みたい

スンダ地方の花嫁・花婿衣装です

きゃっ、ガイコツまで

この地域にも、ワヤン(影絵人形)や人形劇あるんですね
他にも、たくさんの工芸品や発掘品・装飾品などが展示されてました
ちなみにバンドゥン市内には27もの大学があり、インドネシアの若者が集まってます



この町はTシャツでも有名で、オリジナルデザインTシャツを売ってるお店がものすごく多いです
な、な、なんと、一つの通りにTシャツを作ってくれるお店が約200 もあるんです
(多すぎて調べる気になれませんぜ、アニキ…←独り言)
昼食は、この地方の名物料理を頂くことに

って、味も食材もインドネシア料理とほとんど同じに感じるんですが…
久しぶりに、手を使って食べました
触覚を使って食べると、脳の違う分野が刺激される感じ
最後は、夜更かし編です


なぜか至るところで、インドネシアの旧札を売っています


スンダ地方の文化を知るため、博物館へ


変てこな形の土器、人間の顔みたい


スンダ地方の花嫁・花婿衣装です


きゃっ、ガイコツまで


この地域にも、ワヤン(影絵人形)や人形劇あるんですね

他にも、たくさんの工芸品や発掘品・装飾品などが展示されてました

ちなみにバンドゥン市内には27もの大学があり、インドネシアの若者が集まってます




この町はTシャツでも有名で、オリジナルデザインTシャツを売ってるお店がものすごく多いです

な、な、なんと、一つの通りにTシャツを作ってくれるお店が約200 もあるんです

(多すぎて調べる気になれませんぜ、アニキ…←独り言)
昼食は、この地方の名物料理を頂くことに


って、味も食材もインドネシア料理とほとんど同じに感じるんですが…

久しぶりに、手を使って食べました

触覚を使って食べると、脳の違う分野が刺激される感じ

最後は、夜更かし編です

バンドゥン旅行記①
お久しぶりです
卒業して時間があるので、平日はインドネシア語の個人レッスンを受けてます
週末には、課題や論文で忙しくて行けなかった、遠方の地を訪ねる予定です
今回は電車に乗ってのんびりな旅、バンドゥンを訪れました
「世界の車窓から、今日はジャカルタのガンビル駅からお送りします♪」
今回乗った列車は、ジャカルターバンドゥン間を走るPARAHYANGAN 号です


電気で走るのではなく、昔ながらのディーゼル車です
車内の様子です、エグゼクティフクラスの車両に乗りました

食堂車も連結しています、お腹が空いたので茹でめんを注文

ちょっと塩の味が効きすぎてました


車窓からの風景です、段々畑や川を見下ろし


高台を通り、山間部をくぐり抜けるように列車は走り続けます
ジャカルタから揺られること3時間、バンドゥン駅に到着

うわぁ、インドネシアなのに涼しい
なにせバンドゥンは、海抜約700mのところにある高原都市ですからね
ガタンゴトンと揺られながら、きれいな景色を楽しめました
「世界の車窓から、次回はマレーシア高速鉄道の旅をお送りします♪」
バンドゥン旅行記はまだ続きます

卒業して時間があるので、平日はインドネシア語の個人レッスンを受けてます

週末には、課題や論文で忙しくて行けなかった、遠方の地を訪ねる予定です

今回は電車に乗ってのんびりな旅、バンドゥンを訪れました

「世界の車窓から、今日はジャカルタのガンビル駅からお送りします♪」
今回乗った列車は、ジャカルターバンドゥン間を走るPARAHYANGAN 号です



電気で走るのではなく、昔ながらのディーゼル車です

車内の様子です、エグゼクティフクラスの車両に乗りました


食堂車も連結しています、お腹が空いたので茹でめんを注文


ちょっと塩の味が効きすぎてました



車窓からの風景です、段々畑や川を見下ろし


高台を通り、山間部をくぐり抜けるように列車は走り続けます

ジャカルタから揺られること3時間、バンドゥン駅に到着


うわぁ、インドネシアなのに涼しい

なにせバンドゥンは、海抜約700mのところにある高原都市ですからね

ガタンゴトンと揺られながら、きれいな景色を楽しめました

「世界の車窓から、次回はマレーシア高速鉄道の旅をお送りします♪」
バンドゥン旅行記はまだ続きます

卒業②
卒業したので、このインドネシア留学を振り返りたいと思います。
留学を本気で決意したのは、去年の4月です。
どうしても20代のうちに留学をしたいと思ってました。
インドネシア政府の奨学金制度に申し込んだけど結果はダメで、
もうこうなったら、自費で留学するんだと決意しました。
留学する前は、すごくワクワクしてたんですが、
出発日が近づくにつれて、正直怖さも感じていました。
そして実際行ってみると、想像してた環境と違い驚きました。
憧れてたインドネシアの首都ジャカルタも、まだまだ発展途上。
バイクが多い、暑い、空気が汚いとか、どうでもいいことで不平不満を感じてました。
その時から、少しずつ自分の理想を見失っていってしまいました。
でも卒業の日が近づくにつれ、ここに居れるのもあと少しなんだと感じ、
去年の今の自分の状況を振り返ったんです。
ジャカルタで勉強するのは、夢見てたことなんだと思い出しました。
そのとき、今自分が理想の状態に居ることを忘れてる事に気づきました。
それからは、今ここにある全ての瞬間を楽しもうと決めました。
その結果、卒業するまでに、インドネシアだけでなくいろんな国の友達が出来ました。
途中体を壊したり、コミュニケーションの不一致、留学が短くなるなど、良くない出来事もありましたが、
それらの出来事は、かえって旅をおもしろくさせるための体験だったという風に考えてます。
そういった意味で、この留学は人生の思い出に残る素敵な旅になりました。
インドネシア語が上達したのはもちろんの事、
今までの考え方・生き方が変わったのは大きな収穫です。
これまで約10年間、インドネシア語を勉強してきました。
言語なんてただの道具、そんな道具の使い方ばかり勉強して、意味があるんだろうか。
その道具を使って、何かしたいなとずっと考えてました。
勉強する側、受け取る立場から、そろそろ提供する側、与える立場になりたいとも感じ始めてました。
完璧ではないけど、今あるベストなものを提供したい。
そんなとき、4月17日にインドネシア語を使ってやりたいことが見つかった、というより受け取った時は
カミナリに打たれたような衝撃がしました。
これからは、そのワクワクに向けて動き出したいと思います。
今までの自分の人生を振り返ってみると、ずっと準備ばかりの人生でした。
将来の進学のためや就職のために、ずっと何かのために頑張ってきた気がします。
今ある楽しみを、ずっと先に伸ばしてしまってました。
でも、頑張るとか気合を入れるといったやり方に、どうも少し疲れた感じがします。
これからは、少しずつ楽しむ事にも意識を向けようと思います。
いったん「何かのために準備する」のを止めます。
今現在の楽しみが、将来の更なる楽しみにもつながっていくという考え方を試してみます。
2011年の下半期は、気の向くままにやっていきたいと思います。
とりあえずこの旅は、もうすぐ一旦終了です。
残された時間を大切に、もう少しだけこっちに残っています。
最後に、日本からメールやコメントをくれたみなさん、
(Pada terakhirnya, teman-teman yang memberi komentor atau e-mail dari Jepang)
そしてインドネシアでお世話になった友達、クラスメイトや先生方、ホームスティの家族、
(Teman-teman di Indonesia dan kelas, dosen-dosen di BIPA, keluarga homestay)
みなさん、本当にどうもありがとうございました!
(Saya ingin mengucapkan terima kasih banyak sebesar-besarnya kepada semuanya!)
留学を本気で決意したのは、去年の4月です。
どうしても20代のうちに留学をしたいと思ってました。
インドネシア政府の奨学金制度に申し込んだけど結果はダメで、
もうこうなったら、自費で留学するんだと決意しました。
留学する前は、すごくワクワクしてたんですが、
出発日が近づくにつれて、正直怖さも感じていました。
そして実際行ってみると、想像してた環境と違い驚きました。
憧れてたインドネシアの首都ジャカルタも、まだまだ発展途上。
バイクが多い、暑い、空気が汚いとか、どうでもいいことで不平不満を感じてました。
その時から、少しずつ自分の理想を見失っていってしまいました。
でも卒業の日が近づくにつれ、ここに居れるのもあと少しなんだと感じ、
去年の今の自分の状況を振り返ったんです。
ジャカルタで勉強するのは、夢見てたことなんだと思い出しました。
そのとき、今自分が理想の状態に居ることを忘れてる事に気づきました。
それからは、今ここにある全ての瞬間を楽しもうと決めました。
その結果、卒業するまでに、インドネシアだけでなくいろんな国の友達が出来ました。
途中体を壊したり、コミュニケーションの不一致、留学が短くなるなど、良くない出来事もありましたが、
それらの出来事は、かえって旅をおもしろくさせるための体験だったという風に考えてます。
そういった意味で、この留学は人生の思い出に残る素敵な旅になりました。
インドネシア語が上達したのはもちろんの事、
今までの考え方・生き方が変わったのは大きな収穫です。
これまで約10年間、インドネシア語を勉強してきました。
言語なんてただの道具、そんな道具の使い方ばかり勉強して、意味があるんだろうか。
その道具を使って、何かしたいなとずっと考えてました。
勉強する側、受け取る立場から、そろそろ提供する側、与える立場になりたいとも感じ始めてました。
完璧ではないけど、今あるベストなものを提供したい。
そんなとき、4月17日にインドネシア語を使ってやりたいことが見つかった、というより受け取った時は
カミナリに打たれたような衝撃がしました。
これからは、そのワクワクに向けて動き出したいと思います。
今までの自分の人生を振り返ってみると、ずっと準備ばかりの人生でした。
将来の進学のためや就職のために、ずっと何かのために頑張ってきた気がします。
今ある楽しみを、ずっと先に伸ばしてしまってました。
でも、頑張るとか気合を入れるといったやり方に、どうも少し疲れた感じがします。
これからは、少しずつ楽しむ事にも意識を向けようと思います。
いったん「何かのために準備する」のを止めます。
今現在の楽しみが、将来の更なる楽しみにもつながっていくという考え方を試してみます。
2011年の下半期は、気の向くままにやっていきたいと思います。
とりあえずこの旅は、もうすぐ一旦終了です。
残された時間を大切に、もう少しだけこっちに残っています。
最後に、日本からメールやコメントをくれたみなさん、
(Pada terakhirnya, teman-teman yang memberi komentor atau e-mail dari Jepang)
そしてインドネシアでお世話になった友達、クラスメイトや先生方、ホームスティの家族、
(Teman-teman di Indonesia dan kelas, dosen-dosen di BIPA, keluarga homestay)
みなさん、本当にどうもありがとうございました!
(Saya ingin mengucapkan terima kasih banyak sebesar-besarnya kepada semuanya!)