ソロ旅行記~王宮編~ | まっすーとルピアの共同生活

ソロ旅行記~王宮編~

このソロ旅行記もいよいよ大詰め、今回は「王宮」について紹介します。

昔、インドネシアはたくさんの王国があり、各王国の王様がそれぞれの地域を支配していました。

オランダ軍がインドネシアを占領してから、王国はどんどん消滅していきました。

ここソロの街には、二つの王宮が残っていて、王族の子孫がまだ住んでいます。

今はもう政治的な権力は無いですが、街のシンボルとして、今もなお市民から大切にされています。

先ず一つ目の王宮は、「マンクヌガラン王宮」です。

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1757年に建設された、ジャワ建築様式の王宮です。

建物の中心は大理石の大広間で、ガムランやジャワ舞踊の練習の場所にもなっています。

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こちらの写真が、マンクヌゴロ王&王妃です↑

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こちらの部屋は王様や大臣達が集まって大事なことを話し合っていた、今で言う「会議室」です。

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開放的な、応接室&テラスもあります。

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この先に、マンクヌガラン家の末裔が住んでいる建物があるんですが、残念ながら一般公開されていませんでした。

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こちらは、王宮内の「ダイニングルーム」です。

この王宮はオランダ政府の力を借りて建てられたので、建物の一部にヨーロッパの影響が見られます。

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その一つが、インドネシアでは滅多に見ることの出来ない、ジャワ人を描いた「ステンドグラス」です。

その珍しさに、ついつい見入ってしましました…。

他にも、瞑想部屋や宮廷道具・王様のコレクションを飾っている展示部屋などがありました。

お次二つ目の王宮は、「カスナナン王宮」です。

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別名、「スラカルタ王宮」とも呼ばれるこの王宮は、1744年に別の場所にあった「カルトスロ王宮」の

代わりとして建てられた中部ジャワ王宮形式の建物です。

写真に見える灯台のような建物は、八角の塔「パグン・ソンゴブウォノ」と呼ばれ、

塔の最上階で歴代の王様が、年に一回女神様に出会っていたという言い伝えが残っています。

先ほどの「マンクヌガラン王宮」よりも敷地は広く、権力もこちらの王宮の方があったそうです。

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入り口では、この王宮の王様「パクブウォノ10世」の像がお出迎えです。

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こちら王宮の中の様子、緑あふれる中庭です。

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樹齢約300年の大きな木もありました。なんかパワースポット的な場所なのかな。

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王宮内には博物館も併設されており、王家の道具やジャワ文化の展示がされています。

ちなにみこの馬車は、王家の人間の遺体を運ぶ、インドネシア王宮版「霊柩車」です。

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これは乗合船の船首部分に着ける装飾品です。かなり、いかつい!!

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大理石で作られた即位の広間です。今も特別な行事があるときに、使われているみたいです。

もちろん、一般の人は立ち入り禁止でした…。


以上、ソロの王宮編でした。二つの王宮を見学して感じたことは、

王宮がある街に住んでる人達はみんな、どことなく穏やかだという事です。

ソロの人たちは、みんな低姿勢で、言葉もすごい丁寧です。

王様を敬ったり王宮を大切にするその姿勢が、自然とにじみ出てるのかなぁと思いました。

僕の住んでる、荒地みたいなジャカルタと雰囲気は全く違い(笑)、いい刺激になりました。

さて次回は、芸能編をお送りします。

(って、いつまで続くんだ?このソロ旅行記は!しばしお付き合いを…。)