さて、皆様(GID限定)は性同一性障害なんてものはない、そんなのはただのワガママだ、という言葉を言われたことがあるでしょうか?
まあ、私も、もし他人がそんなこと言おうものなら、そいつのことは一生敵認定で終了なのですが、その発言が、姉から投げつけられたらいかがでしょうか?
ちょっと本気で考えざるを得なかった。
しかし、そう言われたところで、一体ワガママってなんなんだろう。要するに、そんなの我慢しなさい、なんで女になんてなろうとするの?やめて、気持ち悪い。
そういう意味なんだろうか?あ、そうか、分かった。こちらが、当然の権利のように主張しているように感じ、そこに反発を覚えるのか。
そこに完全に行き違いがある。こっちは、男性として生まれたつもりはさらさらなく、最初から女性として生まれている。
女性が女性として生きるのがなんでワガママなの?完全に意味不明。
でも、その大前提が理解できなければどうしようもない。
そりゃそうだ。私も、トランス初めた頃は、心は女性、
そういう文章を読むにつけ、いや、あんた間違いなく、遺伝子も生まれもバリバリに男だよ、と突っ込みをいれていました。
私自身にしてからが、男性なのに、自分のことを完全に女性と感じる、という感覚がまったく理解できなかったのだ。そして、私はこんな戯言だけは一生言うまいと思っていた。
心は女性です。
間違って男性として生まれてしまった。
でもね、この1年半女性として過ごし、もう完全に心が入れ替わっていた。
今なら、完全な確信を持って断言できます。
私の心は女性です。
幼少のころより、ずっと女性を自覚していた人にも、多分私のケースは理解されないと思う。
よく、批判されてますね。最近は自分がGIDだと勘違いしているひとが多い。ネットでそういうブログを見て、そう思い込んでいると。自称GIDなんていわれます。
なかには、女性を自覚するのが早いほどエライという奇特な価値観もあるようで。。
どうも、物心ついたときから女性だと思っていたのが一番のようです。その価値観からすると、私なんて最下層ww
そして、私もトランスを始めた初期は、そういう価値観に絡めとられていました。私はきっと、GIDなんかではない。きっと勘違いしているだけ。無駄に悩んでましたね。
でも、今の時点の性自認は、もう誰劣ることない、自分を女性と思う確信の強さにおいて、生まれつきの女性とまったく同じものであると、断言します。
正直、自分の性別に対する認識が性自認であるなら、それは本質ではない、と思う。私のように、一生のなかで変化してしかるべきものだ。
本当に性自認と呼ぶべきものはもっと脳の深い階層にあるんだろう。女性であることを快感とする感覚。それに合わせ、人間は学習して行き、やがて女性や男性となって行く。大河の源流、声帯が発する喉頭原音のように、それはか細く、聞き取ることすら困難だろう。私のように、心の奥底のメッセージを無視してしまうことだってある。そう、学習は、間違って行われることもあるし、そもそも私のように学習の機会すら与えられないこともある。
ちょっと提案したいんですが、本当に生まれつきの心の性別にたいする新しい言葉がほしいです。もしくは、真の性別を性自認とよんで、後天的に獲得する自分の性別に対する思い込みは、性自覚とでもして使い分けてほしい。
一般に性自認っていうのは、女性らしい振る舞い、言葉遣いなどで語られることもありますが、ちゃんちゃらおかしいです。
そんなの、人間の脳構造の最下層です。
そんなあとから学習によって獲得する部分で、人の性別を語らないでほしい。
私は、トランス初期にどれだけ言われたか。本当のGIDってのは、もっと女性らしいしゃべり方とか、仕草をするものだよ。
当事者さしおいて、なんで外野が決めつけるんだ。。
なんか、あまりに脱線してしまった。
結論に行こう。
性同一性障害は、多分当事者以外の人間が理解することはありません。私自身が理解できなかったし、きっと当事者同士でも相互理解できない部分はあるだろう。
結局、ワガママだ、と言われて返す言葉なんてないんです。だって、私が女性であるという大前提が理解できないんだったら、究極、女性になろうとするこちらの振る舞いは全て特殊な性癖にすぎず、我慢すべきものになってしまうので。
理解は絶対にできないけど、多様性として受け入れることはできるはずなんです。あなたはそういう人。自分とは違うけど、あるがまま受け入れる。
それが絶望的にできない人間がいるんですよ。残念なことに、私の家族にはそういう人間がとても多いようです。
今後とも不毛なる議論を吹っ掛けられるようなら、残念ながら断絶ということになるんでしょうね。それとも、あるがままを受け入れてくれるときがくるのでしょうか?
まあ、私も、もし他人がそんなこと言おうものなら、そいつのことは一生敵認定で終了なのですが、その発言が、姉から投げつけられたらいかがでしょうか?
ちょっと本気で考えざるを得なかった。
しかし、そう言われたところで、一体ワガママってなんなんだろう。要するに、そんなの我慢しなさい、なんで女になんてなろうとするの?やめて、気持ち悪い。
そういう意味なんだろうか?あ、そうか、分かった。こちらが、当然の権利のように主張しているように感じ、そこに反発を覚えるのか。
そこに完全に行き違いがある。こっちは、男性として生まれたつもりはさらさらなく、最初から女性として生まれている。
女性が女性として生きるのがなんでワガママなの?完全に意味不明。
でも、その大前提が理解できなければどうしようもない。
そりゃそうだ。私も、トランス初めた頃は、心は女性、
そういう文章を読むにつけ、いや、あんた間違いなく、遺伝子も生まれもバリバリに男だよ、と突っ込みをいれていました。
私自身にしてからが、男性なのに、自分のことを完全に女性と感じる、という感覚がまったく理解できなかったのだ。そして、私はこんな戯言だけは一生言うまいと思っていた。
心は女性です。
間違って男性として生まれてしまった。
でもね、この1年半女性として過ごし、もう完全に心が入れ替わっていた。
今なら、完全な確信を持って断言できます。
私の心は女性です。
幼少のころより、ずっと女性を自覚していた人にも、多分私のケースは理解されないと思う。
よく、批判されてますね。最近は自分がGIDだと勘違いしているひとが多い。ネットでそういうブログを見て、そう思い込んでいると。自称GIDなんていわれます。
なかには、女性を自覚するのが早いほどエライという奇特な価値観もあるようで。。
どうも、物心ついたときから女性だと思っていたのが一番のようです。その価値観からすると、私なんて最下層ww
そして、私もトランスを始めた初期は、そういう価値観に絡めとられていました。私はきっと、GIDなんかではない。きっと勘違いしているだけ。無駄に悩んでましたね。
でも、今の時点の性自認は、もう誰劣ることない、自分を女性と思う確信の強さにおいて、生まれつきの女性とまったく同じものであると、断言します。
正直、自分の性別に対する認識が性自認であるなら、それは本質ではない、と思う。私のように、一生のなかで変化してしかるべきものだ。
本当に性自認と呼ぶべきものはもっと脳の深い階層にあるんだろう。女性であることを快感とする感覚。それに合わせ、人間は学習して行き、やがて女性や男性となって行く。大河の源流、声帯が発する喉頭原音のように、それはか細く、聞き取ることすら困難だろう。私のように、心の奥底のメッセージを無視してしまうことだってある。そう、学習は、間違って行われることもあるし、そもそも私のように学習の機会すら与えられないこともある。
ちょっと提案したいんですが、本当に生まれつきの心の性別にたいする新しい言葉がほしいです。もしくは、真の性別を性自認とよんで、後天的に獲得する自分の性別に対する思い込みは、性自覚とでもして使い分けてほしい。
一般に性自認っていうのは、女性らしい振る舞い、言葉遣いなどで語られることもありますが、ちゃんちゃらおかしいです。
そんなの、人間の脳構造の最下層です。
そんなあとから学習によって獲得する部分で、人の性別を語らないでほしい。
私は、トランス初期にどれだけ言われたか。本当のGIDってのは、もっと女性らしいしゃべり方とか、仕草をするものだよ。
当事者さしおいて、なんで外野が決めつけるんだ。。
なんか、あまりに脱線してしまった。
結論に行こう。
性同一性障害は、多分当事者以外の人間が理解することはありません。私自身が理解できなかったし、きっと当事者同士でも相互理解できない部分はあるだろう。
結局、ワガママだ、と言われて返す言葉なんてないんです。だって、私が女性であるという大前提が理解できないんだったら、究極、女性になろうとするこちらの振る舞いは全て特殊な性癖にすぎず、我慢すべきものになってしまうので。
理解は絶対にできないけど、多様性として受け入れることはできるはずなんです。あなたはそういう人。自分とは違うけど、あるがまま受け入れる。
それが絶望的にできない人間がいるんですよ。残念なことに、私の家族にはそういう人間がとても多いようです。
今後とも不毛なる議論を吹っ掛けられるようなら、残念ながら断絶ということになるんでしょうね。それとも、あるがままを受け入れてくれるときがくるのでしょうか?