魔法の有印良品(墨で封じることでのカラクリ) | ..あちゃ! no mic's

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SANTA no Mix

それアウチ!?
おっと、いけない!?

それを言うには言葉ひとつ、厚みがないので無理な話。
実態もない。
説得力に欠ける。
このように考える人がいるはずだと思った。
危険だと思った。
自分にそれは出来ないだろうけど、カラクリとして仕掛けをしておくのは面白い? と思ったこと。
オラのギターは棹だけ。
スライスするとだ。
ちょうど、レーザーカッターで切り出した部品を貼り合わせて製作することになるので、各々の部品は、薄い棒切れ。
長いかまぼこの板のようなもの。
そこに、焼印を入れると、別寅さんの流儀になる?
じゃなくって、「南無大師遍照金剛」と書家に書いて頂きまして。。。
イメージでしかないけど言葉にするなら墨で、封印? をしてもらうと、墓場にたてる塔婆のようなものかもしれない。
そのギターはお遍路さんの88箇所に部品が散在しているもので、最後までやり遂げないと、完成しないものなのかもしれない。
また、墨で書くために、仏壇仏具として、相続が非課税になるかもしれない?
どちらにせよ、あくまで選択肢を広げる、仕掛けであって、それによって利益をあげるだとか、ビジネスモデルにするなどと言っているわけではない。
「南無妙法蓮華経」でも、「南無阿弥陀仏」でも、自分には関係ないと。
私は、無宗教者だと思います。
昔の人が、崇拝したのも、なんとなく、絶対的な圧倒的な造形物をみて感じる空気の違い、大きかったんじゃないかと。
修行の足りない半人前の私が言うことではないんですけど、小道具としては、それに近づきたいというより、持って生まれたもの、持ってるものが何であるか、気づくことができている見たいなので、閃いたことの連想ケーム(ゲームだという私)でどこまで、造形を飛躍させることが出来るかを試したいと思う。
結果、評価され、後世に引き継がれるならまだしも、生前に、自分の名前の記念館を勝手に建ててしまうような発想だけど、修学旅行で行った程度、奈良の東大寺の圧倒的な表現って。。。
宗教的に難しいことはわからないけど、偶像崇拝? その言葉、ひとつ使うことためらう自分だけど、それにひれ伏す、、、小学生の時、造形についてどんなに考えても、それを超えることなんて出来なかった。
いつか、それについて考えることを止めてしまったけど、、、天下り的に無料のアニメをシャワーのように観ることになる。

いろんな仕掛けがしてあって、いろんな人が楽しめるもの。
一本、自分がギターを製作して、それを墓まで、持っていく過程をイメージして見るといいのかな。
どんな、しきたりの中を通っていくのか。
すんなり、葬儀が進むだろうかとか。
無宗教者でも、モノにこだわる限り、自分にできることと出来ないことの分別もつく。
手のひらに神が宿るだなんて、ゴットハンドでもないけど、自分の寿命の中で考える伸び代って考えると、神だとは言わなくても、大きな存在、もっと大きなことについて、青空を見上げて思うことはある。

遺作にして処女作?
ってか、問題作。

「人間なんだから」 ・・・さんた

そうだ、銅で製作した、サイレントギターの弦の付け根は端子で圧着して、ハンダ付けしよう。
オリジナル。
リーバイスのリベット打ちみたく?
あー、どんどん勘違いしていく自分がいる。
悲惨なのか、判断がつかない自分がいる。
結果は大切だ。。。
コレは過程だ。。。。。
仮定にしたくはない。。。。。。。

失礼しやした