告白します。
私のことです。
天然ボケが取り組む分野じゃないですが。
書いておこうと思って。
どんな粒子も1㏖(アボガドロ数)とってくると22.4リットル。
理想気体の定義で大きな「?」を抱く。
それは大きさの違う気体粒子がぶつかり合い跳ね返ることで体積を保持しているという。
その証拠に、水面の花粉がランダムな動きをするのを見て、アインシュタインは論文を書いた。
不思議じゃないか。
理想気体は粒子の大きさによらない。
アインシュタインの一般相対性理論を理解する必要なんてないと思う。
彼は、時空の基礎数学、リーマン幾何学を使った。
物理学者が道具としてそれを用いるのは、困難を伴うこと。
一つの表現であって、それが自然を表現しているわけではない。
ただ、特殊相対論の光のスピードに近づいて光を追いかけても、光はまだ、光速で走っており、その距離は縮まらない。
近づいているとすればそれは、空間が歪んでいるとしか考えられない…程度の理解しかない。
ただ、ローレンツ変換は綺麗だ。
私は、それを自分の式に当てはめようと努力した。
しかし、完成には至っていない。
似ているのだ。
マクスウェルの電磁方程式を別の表現で表せないかを考えた。
ガウスがねじ込んだベクトルに関する定理を見るがまま、二十歳の学生が式をひねくる程度の学力でそれを再考してみた。
そのあと、オイラーでeの文字遊びをしてみた。
ただ、Piを求めていろんな式をいじくり倒した。
ゆとりの高校生が遊んでるくらいの探求心。
エラトステネスのふるいについて初めて知り、そこで素数に出会う。
するとlog対数について拡張したくなり、数学に明け暮れることになる。
マクスウェル!
そしてニュートンの古典力学に自分の式との共通点を見るようになった。
物体は3次元で表現できるか?
私は果実の種を見た時、違うと思った。
石は3次元で示せても、生物の中にそれは…DNAだとかRNAについての知識はまるでないが、シュレーディンガーのその表現を疑った。
電子の軌道を平面でスライスして面でとらえてみた。
美しい。
光の干渉は事実だ。
私は自分の考えを主張するがあまり、何度も光の定義を変えたいと思った。
しかし、それは大きな飛躍だった。
それを聞いてくれる学者さんなどいないだろう。
SF小説に出てくる、表現の一つも知らないが。
原子核物理…理論物理学について多くは語れない。
ただ、自分に分かるところだけを書いてみた。
それは巨人の肩の上に乗って語られている。
現代数学の概念を知らないが、すべてはそう、有り得る。
アンダーファインド。
しかし、私の原子モデルは完全には成功していない。
素粒子について、ひとつひとつを記述できたわけではない。
質量とエネルギーについて数値が合うわけでもない。
ただ、モノの成り立ちを示す、代数的なLEGO?のようなモデルを考案した。
よく、詩のようなものだという。
物理言葉は詩だと。
すべての表現に共通性がある。
私は私の認知する世界の中だけですべてを見ることが出来る。
と思う。
それは私だけでなく。
始まりと果てについての考察は私の興味をひく。
始まりと果てについて、ブレとというものを考えた。
果ては収束しない。
ただ、断片を切り取るとそれは、ある数に落ち着いていく。
始まりのぶれ方は大きい。
それを数式で示せたが、その取り扱いに私は困っている。
結論は芸術家のいう宇宙に似ている。
視覚的に平面でしか捉えられない。
私は自分の考えを表現するためにウッドリクラフトを始めた。
ウッドスライサーとでも呼ぼうか。
平面の重ね合わせで表現できるという…。
ブログの順位がもう一ケタ減ったら、アメンバー限定記事を書こうかな。
読者1000人はいるかな。
その頃には論文書けるか。
メルマガやるにも、読者がアメーバ寄りだから、効果は期待できそうにない。
ギターも抽象的な自信の絵文字の呪文が楽譜に見えたのでやることにしたのだ。
そこに美しさがあるなら、捨ててしまうという、勿体ないことをしないで済む。
すんなりいくとは思わない。
音楽についての教養はゼロ。
「1」と「ゼロ」の話も式のブロック遊びで定義はしたけど。
ゼロはおかしいけど。
ギターづくりをこのまま止めてしまおうとは思わない。
今はただの工作レベルに過ぎないが、年老いて(長生きできるなら)体が不自由になった時、リハビリに役に立つかなと思っている。
ギターにラベルを張ることが夢。
縁起悪くて捨てられないものになってしまうかもしれないが自分の遺作として、自分の名前の入ったラベルをつけたい。
できれば、障がい者の施設で、細々と自主製作で作ってくれるところがないかなんて甘い夢を見るのだが、現実は厳しい。
表現は山のようにあり、1000台自由な作品が出来たらどういうわけか、いい鳴りをする1台があって、それを発見すればいいって発想。
植物の交配で奇跡の苗を見つける古典的な手法だ。
@MIX
書くことが出来るなら書く。
でも今は不完全な状態。
それを見たい者はどこにもいないだろう。
楽器と同じようにささやかな生活を彩ってくれる大切なものだ。
数式のブロック遊びを止めてからかなりの年月がたつ。
大人になってもLEGO遊びが出来ているのと同じように、また、それを再開したいと思っている。
ブログ、続けられるかな。
1日で、音楽はできなかった。
もっともらしい、乱数で表現できるような音遊び。
逃げたんだなあ。
テキスト音楽エディタ「サクラ」のRaspberryPiバージョンが出た。
http://kujirahand.com/blog/index.php?%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9-Raspberry%20Pi%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3
今はこれに興味がある。
音をプログラミングするってこと。
WindowsバージョンはPascal/Delphiで書かれてたらしいが、RaspberryPi用にCで書き直したらしい。
自分の理屈を音楽とすり合わせるなんて、無謀だ。
根拠のない自信さえない。
観てくださった方、ありがとうございました!
前日に大げさなこと言っておきながら、暗い話。
演奏会…終了です。
カイゼンできるところがたくさんある。
今回はコメント拒否で投稿しました。
なにせ脆弱性のある考えですんで。