3Dプリンタの未来を文明の表現を盛り込んで(万有引力の力を借りて)急降下してみる。
加速度運動をしているようなもの。
いつか地面に叩きつけられる?
書かなくてはならないと思い、書いた。
銃と3Dプリンタについて思うこと。
3Dプリンタのノズルを作っていたとき、この射出ノズルが、拳銃の弾丸に見えたことがあった。
自分に見えたのはノズル用の製造機械がリボルバー式のランチャ銃に見えた。別にマシンガンの無限の弾倉? マガジン? だって構わないのだけれど。
マシンガンのように連続してプリンタノズルをツクルのは不可能かもしれない。
モデルガンの機関銃の部品で、3Dプリンタのノズル作成用の製造機械ができないかなあと思ったりした。
イメージでしかないけど、プリンタのノズルと大きさがビンゴして、それは真鍮で出来ている。
武装地帯にそれを持ってい行ったところで、平和を勝ち取れるわけはないと思うが、武装解除したときに出る、武器の流用なんかに、いいんじゃないかと思ったりした。
平和を宣言できたならその武器を使って、3Dプリンタのノズルをツクル。
理想の製造機械なので、マシンガンのように弾が出てくるテンポみたいな速度では作れない。
でも、自分でノズルつくってみて、ネジを切る速度よりはやく、ツクルことは可能かもしれない。
と思った。
戦争が長引くと、兵士になることが生活に密着したものになってしまう。
同時に文化も失う。
残ったもの。
武器と弾薬。
この発想で何かできること。
子供たちが戦争ごっこをして喜ぶように、そのひな形そのままに魂を入れ替えられるような発想。
自分を持ち上げすぎだとは思うけど、戦争以外に、思いつくことって。
戦争の延長に未来がある。
日本の戦時中の軍需産業が、のちの敗戦後の日本を支えたように・・・・。
でも日本のようなモデルは成り立たないだろうし。
相次ぐ内戦と、一時的な平和の混在した中で、文明を築くのは難しい。
戦争のある時とない時、が混在している内戦の地で・・・・いまの自分には考えられないような・・・。
戦うことと、平和な社会の区別がつかないところで、なんか、大きな理想を掲げられる、モノづくりの在り方って、3Dプリンタと銃だと思った。
銃の周辺機器で、3Dプリンタのノズルができること。
ノズルが出来るとフィラボットでプラスチックを集めてきてフィラメントをツクル作業なんかもできる。
フィラメント製造機械







他人事で言っているわけだけれど。
ネットの発達で起きたこと、アラブの春のことも知らないけど、それを振り返るとき、自分的には実体のある物理的な革命3Dプリンタが世界平和にどう寄与するかを考えると・・・。
鉄砲を使った旋盤とか、それに付随する、周辺部品なんかを3Dプリンタで作り上げるって言う、食うに足りない人たちには、意味のなさないことっだって分かってはいても、考えてみたくはなる。
他に何があるかなあ。
戦時中の(内戦直下の)定住できない人たちのモノづくりのあり方って。
生産的であること。
大量生産については、痛いほど、その苦さを思い知らされている今のこの国だけれど。
内戦の勃発する国で、日本型の復興モデルなんてありえない訳だし。
ボランティアやNGOの出来ることも限られているし。
文化を失った人たちに、教育と言っても、難しいと思う。
半植民地化されたような、工場で働く途上国の労働者たちと同じで、現実のモノ作りって相当厳しいのは分かっていて。
自立した自由を自分が語るのはおかしいんだけれど、ほかになんかあるかなあ。
今起こっている、戦争と平和について。
平和なはずの国で、経済戦争ってくくりの言い方。
過酷な労働を途上国で子供が休みなしで働いているみたいに。
甘ったるいかなあ。
オイの言論。
後だしジャンケンだけど、セーラ服と機関銃よりイケてる?
「カモメの水兵さん」よりイケてないかなあ。