去年の3月11日。あの出来事があったときは、保護者の方と電話でお話していました。揺れ方が普段とは違い、一瞬めまいかと感じさせられるような、いつもとは違う地震。
現地の状況が徐々に判明するとともに、今までには感じたことのない衝撃を受けました。
この先どうなるのだろうか。最初はこの言葉が頭の中を支配していました。
その日から1週間は春休みをいただくことになっており、当初は自分を癒す旅に出る予定でしたが、キャンセルし、一人であれこれ考える時間となりました。そこから1週間後、NLPの講座が設定されており、東京に行かないといけないことが決まっていて、これをどうするかも本当に悩みました。
で、出した結論。
この出来事があったからといって、すべてを自粛していても何もことは変わらない。むしろ悪くなるだけだ。であるならば、今までと同じように行動し、経済活動を続けないと、たとえ一人の力はちっぽけであったとしても、最終的に被災地を支援することができないのではないか。そして、自分が被災地に対して何ができるかを考え、動くことにしようと。実際被災地に出向くことはできないが、寄付という形であれば支援ができると思い、すぐに寄付を行いました。ただ、一過性のものでは意味がないので、毎月の寄付、自分が紹介を受けた震災復興のイベントで参加できるときには、寄付を継続しています。
少し話がそれましたが、この考えが腑に落ちてからは、悲観することなく、前に進もうと思い、東京にも行きました。
この出来事やNLPの学びを通して、考え方も変わったように思います。
自然の力は偉大で、人間もその一つでしかない。その人間が自然を支配することはできないのだと。だからこそどう共存していくかも大切であり、いつどうなるかが分からないからこそ、動かないことで後悔するのではなく、動くことが大切なんだと。
先日南相馬市の市長のお話を聴く機会がありましたが、マスコミの情報からは伝わってこない、現場の声をたくさん知りました。
政治も混沌としており、相変わらず利権争い、政権争いが主になっており、現場に目が向いていない。
だからこそ、誰かがやってくれるだろうというのではなく、一人一人ができることを精一杯やっていくこと、現場主義で動くことを大切にして、これからも進んでいきたい。