不登校の甥っ子と自閉症の甥っ子をもつ叔父から -2ページ目

不登校の甥っ子と自閉症の甥っ子をもつ叔父から

この子たちと、叔父さんも一緒に生きていくよ

 合同の通信制高校の学校説明会に行きました。

3回目です。なぜか、親よりも叔父さんが行きます。

 列ができるほどの人気の学校と、閑散としている学校、何が違うか

私にはよくわかっていません。
 が、時間も限られている。私と同じく切実な思いで並ぶ人もいると思うと、

甥っ子本人の意志すらも分からない私が席を取るのも気が引けますが、こちらも

必死です。
 でも、学校の何を基準にして決めればよいのやら。それでも、親切なことに、

学校と取り組みの一覧表みたいなのがあって、何校かに絞りました。

 順番待ちしている間、名前や連絡先を書く用紙を渡されるのですが、書けません。
なぜか。
 それは、書くと何らかのニュースレターとかが自宅に送られて、甥っ子の目に触れることを

懸念するから。

 とにかく、学校とか進学に関連することに、今は過渡に反応してしまうのです。

 しかしそれでも、話を聞かない訳にはいきません。名前も明かせませんが、

なんとかその窮状を話して、それでもこの通信制高校は入れるのか、何が必要なのか、

聞いてきました。
 先生(なのか広報担当なのか)は、そんな私の話にも、丁寧に答えてくれました。
 

 障がいを持った子供の家庭が、穏やかな家庭とは限らない。

そりゃそうです。
 自閉症や発達障害の子供だからこそ、幼少期の早い時期での気付きと

関わり方が、後の成長に大きく影響する。言うまでもありません。

 甥っ子が小さいころから、甥っ子の母親に何度かこんなことを

訊ねることがありました。
 なぜ、子供にこんなにダブダブな服を着せているのか。

なぜ、こんなに大きくて脱げそうな靴を履かせているのか。
 母親曰く、リサイクルショップで安かったから、ということらしい。
 ??いや、サイズが合っていないのに、安ければ買うの? 自閉症の甥っ子は

何も訴えないから着ているけれど、だらしないほどサイズが合っていない。
 

理解に苦しむ。


 

 不登校でなくても、進路の話は重たくて、避けたくなります。

不登校の中学3年・・この絶望感は半端ありません。
 でも、有無を言わせず中学卒業はやってきて、どの高校に行くか以前に、

行くか行かないかを決めなければなりません。漠然と卒業、を迎えてしまいそうな甥っ子。


 日々、学校に行くか、行かないかの問答が続けば追い詰められて、甥っ子は

だんだん心を閉ざすように口数が減っていきました。

 では、問答しなければ心を閉ざすことはなかったのか? と言えば、NO、

だと思っています。

 だって、甥っ子にとって最も解答を見つけたい問答は、行くか行かないか、

なのだから。問と答えはなんらかの形で救いを求めているのです。

 

 どんな不登校の子でも、不登校初日から「学校行かなくていいよ」、と親が言って

いるはずがない。今日は行きなよ、今日も行けない、といった会話があったはず。

叔父さんとも、ばあちゃんとも、そんな会話をしていました。
 そんな会話は辛すぎる中で、ネットで検索すれば、

無理に学校に行かせなくていい」、という識者の言葉がよく出てきました。

 

 しかし…、これで「行きなさいと言わなくていいんだ」と、大人が思ってしまうのは、

人として身内としての営みを端折りすぎなのでは…。

 ばあちゃんと叔父さんは、無理はしてほしくはないが、行かせなくていいとは、

とても言えない。かえって悩みが大きくなった感じがします。


 一方、甥っ子の母親は「無理に行かさなくていい」を免罪符に、都合よく思考停止

したかのようです。そして甥っ子は、その母親の都合のよい狡猾さを見抜いてし

まったようです。

 小さいころ、3・4歳のころは、他の子とあまり差が目立たないものです(ものでした)。

ふとした瞬間の所作に、ん?と感じることはありましたが、

それが目立つ子ではありませんでした。

 ただ、バイバイができなかった子で、近所の人は(あえて言いはしないけれど)、ん?

と感じたに違いありません。
 バイバイしないことは、発達障害などの幼少の症例で聞いたことがあります。
 生きるために重大な支障があるわけではないけれど、幼少の子にバイバイを

返してもらえないのは、叔父さんとしてはとてもさみしいことではありました。

 だからって腹が立つのではなく、むしろ、キョトンとしている甥っ子の心が、

周囲が自分にバイバイする意味を一生懸命考えているのではないかと思うと、

切なくもあり、応援しながらバイバイをしていました。


 いつの間にか、ぎこちなく手をふりながらバイバイもできるようになりました。

成長する。この子は少しずつ成長をするのだと。

 
 

自閉症の甥っ子が小学生だったころの運動会。一応、徒競走にも参加して、

たぶん、競走するつもりもないし、なんで走るのかも分かってはいなかったと思います。
数人ずつ横一列に並んで、列ごとに次々とスタートしていきます。

位置について! で横の人と同じ形にしゃがみ込み、

ヨーイ! でなんとなくお尻を上げ、

ドン! でとなりの人が走り出したので、ついて行く。

 

前を走る人を抜こうとかではなく、追いかけっこしてるようにしか見えませんでした(笑)
それでも、喜ぶ甥っ子の笑顔は輝いていて、私もばあちゃんも、大満足です。

 ダンスも上級生に手を引かれてる様は、ただ手をつないで着いていくだけで

ニコニコと踊ります。

 でも甥っ子が一番嬉しそうに見えたプログラムは、綱引きでした。
 綱を引く手の力も無ければ、掛け声に合わせて引っ張ることもできず、

ただ綱を掴んで、右に左に翻弄されながら、これもニコニコと、

ジェットコースターに振り回されて楽しんでいるかのようでした。