皆様、こんにちは😊
いかが、お過ごしですか?
今日、日本は母の日。
こちらアメリカでも母の日は一年のうちの重大イベント。
「父の日は忘れても、母の日を忘れたら1年間の地獄が待っている。。」とは元旦那の一言。
あんな小柄なお母さんでも、怖いんだ〜とあの当時思ったものです。
さて、こちら母の日の定番ギフトは母の日カード、お花💐に、チョコレート🍫。
そしてカードの表紙を飾る言葉は決まって、
“My greatest Mom(私の最高の母)”
“Super Mom(スーパーママ!)”
“World Greatest Mom(世界で最高の母親)”
などなど。。。
流石アメリカ、素晴らしいお母さんと盛大に讃えた文章が多く見られます。
そこで、うちの母はどうだった??と考えると
カードの文面に示されたような気が利いて、料理が上手、何をやっても完璧の理想の母親🤱!!
からは遠い存在でした。
不器用で料理は苦手。小さい頃は大変なトムボーイだったそうで、お料理や家事などしたことも無いまま結婚。
結婚初期、米櫃に虫が湧いた為、慌てて全てのお米を捨ててしまい父が激怒した(お米は日干しすれば湧いた虫はいなくなる)とのエピソード。何回も父の口から聞いた話。
うちの父はグルメで美味しいものを食べるのが大好き(私は父似!)。仕事上、接待で美しく盛り付けられた料理を口にする父はハードル高し。母の作る食事はそう簡単に受け入れられるものではありませんでした。
でもそんな母だったから、
慣れないことを一生懸命やってくれた事、今でも鮮明に覚えているもの。
小学校2年生の時。
学校では誕生日会が流行。お友達同士の呼び合いっこで同クラスの私にもプレシャー。呼ばれてばかりでよばないわけにはいかない。
そしていよいよ自分のお誕生日会を開くことに。
母はかなり困った事かと察します。
そして出てきたレアーチーズケーキ。
母が生まれて初めて作った手作りスイーツ。
シンプルなケーキだったけど、手作りという感動。
とても嬉しかったのを覚えています。
次に真っ赤に熟したトマト🍅が八百屋さんで沢山
手に入った時だけに作ってくれたビーフシチュー。
これだけはどのレストランよりも美味しかった。
その他にも不器用だった母が手作りしてくれた幼稚園の上履き入れ、腕カバー。大好きだったうさぎ🐰のアップリケがつけられていた事。
母親って自分が不得意な事でも、愛する子供にしてあげたい感がMaxになると頑張れる。
私は母が不器用で料理下手だったから、その分子供に色々してあげれるようになりたかったのかもしれない。。。
でも皮肉にも色々できる親の元に育った子供はそれが当たり前で私が覚えているような、あの母の最初で最後に作ってくれたチーズケーキに対する感動は無いのかもしれないですね。
最後に、母の日おめでとう。
あの時、沢山の不得意だった事。
私の為に一生懸命チャレンジしてくれてありがとう💐