個人的な事情になりますが、いろいろありまして、
しばらくブログ更新を中止します。

毎週金曜日に書いてきましたが、今後は不定期になるかもしれません。
よろしくお願いいたします。
こんなテーマで書くのも何度目か、本人もわからなくなっていますが(笑)
思いついてしまったので仕方がありません。

今回のテーマは「ひょっとして、昔よりも今のほうが恋愛って難しいんじゃね?」
という疑問です。
例によって、私の考えでしかありませんので、間違っているように思われた場合は
ご指摘ください。

そもそもの疑問は、親と話していたときの持った疑問です。
「昔は(1960~70年代)みんなそんなにおしゃれじゃなかった」
「それでも結婚していた」


この二つの言葉です。

おしゃれじゃない。でも結婚できる。
ん?
今だったら、ちょっとキツくないか?

ということで、今と昔の違いを考えようと思ったわけです。


   昔の恋愛のポイントとは

私の勝手な偏見で話を進めさせてもらうと、昔の恋愛のポイントは
「男らしさ」・「女らしさ」この二つの要素が大事だったように思えます。

歴史背景としては

・当時の日本は、今ほど豊かではなかった(TVがようやく始まった時代です)

・豊かではないということは、異性に見せるためのファッションも充実していないし
 ノウハウもハウツーも浸透していない。

・学生がそんなにお金を持っていない。仕送りは最低限、働いてもそんなに
 高給はもらえない。

現代のように、いろんなモノがある時代ではなかったわけです。
価値基準は今よりももっとシンプルだったのではないかと思います。


男らしさは大雑把にまとめると

1.強い筋力・社会的な地位などの「雄らしさ」
2.後輩やエスコートする女性に気前よく振舞える「気前」
3.決断力があり、きちんと自己主張ができる「発言力」

このあたりが重要だったのではないでしょうか。

一方の女らしさは

1.控えめに男性を立てる女らしさ「大和撫子」
2.相手の話を聞く、相槌を打つ「聞き上手」
3.話題を振ったり、相手を気づかえたりするとっさの振る舞い「気が回る」

このあたりではないかと思います。


さあ、現代でこれらを要求されたら「ないわー」と言われそうですよね。
一言で言うと「古臭い」 ですが50年前の価値観ですから仕方がありません。

男性は「男らしさ」をアピールし、女性は「女らしさ」をアピールする。
逆に言えば、この点をしっかり押さえておけば、恋愛をはじめられる可能性が
あったのではないでしょうか。

そう考えると、昔は「おしゃれじゃなくても結婚できた」というのが
理解しやすくなります。

次回は、現代の恋愛のポイントを考えてみたいと思います。
続きます。

何の話かといいますと、大阪市のごみ収集の話なんです。

ご存知の方もいらっしゃるかわかりませんが、大阪市では
10月1日からごみ収集のルールが変わりまして、今までの
普通ごみ・資源ごみ・包装ごみに加えて新しく「紙・服」というジャンルが
加わりました。


分別が厳しい、ほかの地域の方からすると「え、たったそれだけ?」と
なるのかもしれませんが、私が大阪に来たばかりの1998年は

「燃えるもの」「燃えないもの」の2択だったことを思えば
いかに増えたかということがわかっていただけるでしょうか。

さて、先月に行って出た大量の不要物もあらかた片付きましたが、いくつかの
ものには悩まされました。

その1 クリーニングでもらう「プラスチックのハンガー」

20本ほどあり、場所をとっていたのでまとめて捨てることに。
ハンガーを眺めると「プラ」の文字と矢印が回っているリサイクルマーク。

じゃあ、資源ごみかな、と出しますと、回収されていない。
ん、じゃあ、包装ごみだったのか、と出すと、「このごみは種類違いです」の
シールが張られています。

ええ?とごみ分別のリーフレットを引っ張り出してくると、なんとプラスチックの
ハンガーは「普通ごみ」なんだそうです。

じゃあ、横のリサイクルマークはなんやねんと。まあ、ルールですからしょうがないのです。

その2 「ペットボトル」

収集日に出したはずのペットボトル。
なぜか回収されておらず、シールも張られていない。
一緒に出した紙ごみに隠れていたで見えなかったのかなと次の収集日に出すと、
黄色のシールが張られているわけで。

理由「収集物以外のものが出されています。」

いや、ペットボトルだけだよね? と悩むこと2週間。
シールは張られていても、細かい理由までは書かれていないので悩むしかないのです。
この謎はその3「包装ごみ」に関連していました。

その3 「包装ごみ」

△の矢印にプラと書かれた包装ごみ。ごみの中でも結構かさばるにくいやつ。
これが2週連続で回収してもらえませんでした。
理由はやはり「収集物以外のものが入っています。」

袋を開け、リーフレットと照らし合わせながら、嫁さんと「これか、あれか」と
分別していくうちに、気になることを見つけました。
張られていたシール、その一枚に「収集日が違っています」にチェックマーク。

ん?

あわててネットで検索すると、どうやら10月から資源ごみと包装ごみの収集日が
入れ替わっていたようでした。

今までは「月曜日:包装ごみ 木曜日:資源ごみ」
これが  「月曜日:資源ごみ 木曜日:包装ごみ」に。

ほかの収集日が変わっていなかったので、完全な見落としです。



この騒ぎのせいで、玄関はゴミ袋だらけ。
ルール変更も、厳しい条件設定も、市が決めることですからそれは逆らえませんが、
厳しいルールっていったい誰得なんでしょうか。
そういえば婚活の条件設定も似たようなとこがあるんじゃない、と考えてしまいました。
ルールは緩めのほうが、暮らしやすい、のかもしれません。
久しぶりに風邪です。
のどに来るやつで、熱が39度近くまで出まして、この三日ほど
ふらふらして大変でした。
季節の変わり目、皆さんもご自愛ください。

というわけで、今回の記事は、新聞で読んだ記事を紹介するという
ちょっと力を抜いたものになります。

人生はやり直せるのか、というテーマで書かれたコラムでしたが
書いたのは小田嶋隆さん(リンクはwikipedia)

私自身はこの人のことは名前を知っていてもどんな人か知らなかったので
興味深く読んだのですが、なかなかの経歴をお持ちのようです。

1.新卒で入った上場企業を8ヶ月で辞める。
2.30歳から始まったアルコール依存のため、断酒する。


人生の転機で「やめる」ことを選んだ小田嶋さんは、こう書いています。
面白かったまとめの部分を紹介します。

   人生を途中からやり直そうとするなら、まず何かを捨てることです。
  捨てた結果、その空白に強制的に何かが入ってくる。その「何か」が
  良いか悪いかは、また別の話ですけれど。
  
  30歳過ぎた人間が、自己を改造するなんて不可能です。もう出来上がった
  人間なんだから。ただ、何かをやめることはできるかもしれない。
  人生をやり直すには、何かを「目指す」んじゃなくて、「やめる」
  ことからです。


        2013年10月8日朝日新聞 「行き直すために」小田嶋隆氏 記事より引用


個人的には「強制的に入ってくる」「良いか悪いかはわかりませんが」のくだりで
大爆笑でした。大阪のお母さんたちが末尾につける「なんや知らんけどな」と
そっくりです。

変化というのは良いものばかりが選べるわけではありませんから、なかなか
選びづらい。

元に戻れない。
悪くなるかもしれない。
コストがかかる。

現状に大満足なら、今のままが一番良いでしょう。
それでも不満があるのなら、思い切って変化を受け入れてみるのはどうでしょうか。
大掃除を始めて、半月が経つわけですが、いや、大変でした。

捨てたゴミ。とりあえず収集のお兄さんに
「小分けにして出してくださいね」と怒られる量になりました。

・もったいないという気持ち
・過去の思い出
・面倒だなという感情


これらと戦いながら、とりあえず半分は片付いたかな、という感じです。

久しぶりに部屋をすっきりさせて思ったのは、
「スペースが空けば、また新しいものを入れられるということ」

生活していると、どうしても大きな修正をするというよりも
その場しのぎの対応になりがちです。

たとえばくつろげるスペースがほしい、と思った時。
部屋を掃除するよりも、クッションを買ってきてみるという感じ。

その結果、部屋が狭くなって余計にくつろぎにくくなったりするのですが。。。



一方、今までの生活を見直して必要ないものを片付けていくと、
今後どういう風に暮らしていきたいかを考える余裕が出てきます。

今までのやりかたで満足しているし、変わる必要がないと思っていても
実際に空間を空けてみると

「あ、こうしようかな」
「ここはこうしたかった」と

自分の気持ちに気がつくものなんですね。身をもって体験しました。


ただし、新しく、気持ちを入れ替えるために行動するのには、
なにせパワーと時間が必要になるということがよくわかりました。
そしてこれが一番大きいかもしれませんが、お金もかかります。

しかし、手に入る満足感はまさに「プライスレス」

今までの暮らしは変えたくない。でも、新しい出会いや、なにかきっかけがないかな。
そう思っている人は多いかもしれません。

一度、掃除をしてみませんか?

まずは身近なところで変化を起こすと、その後の生活にも変化が
起こせるかもしれませんよ。
ということで、大掃除のすすめでした。