島田左近の暗殺(31) ボク | またしちのブログ

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幕末史などつれづれに…

さて、本間精一郎と殿内大次郎が京を追われ、奈良は法隆寺にまかり越しましてからひと月ほど経った、ある日の話でございます。

「そう言えば思い出した」

「何ですか本間さん」

「アンタは自分の事をボクと呼んでいるが、あれはどういう字を書くのかね」

「ボクというのは、あれですよ。にんべんに、あの、こう」

「にんべんにボクかい」

「そうそう」

と、殿内は自分の手のひらに文字を書いてみて

「いや、違う違う。しもべですよ。しもべと書いて僕です」

「なんだそりゃ。アンタ、名前は殿様なのにずいぶんと控えめな話だな」

「本間さん、別に控えめじゃありませんよ」

と、殿内は姿勢を正して本間に正対いたしました。

「我々は天子様のしもべなのですよ。だから僕なんです」

本間も姿勢を正して聞いております。

「天子様に対し奉りましては、我々臣民は、皆等しく僕なのです。藩士も浪人も、いや、大名だって関係ない」

「ふむ。それじゃあ井伊直弼も僕かね」

「そうですよ。井伊大老も水戸公も島津公も皆僕です」

「そりゃあいいな。井伊直弼も本間精一郎も同じってのがいいな」

「そうですよ本間さん」

「ところで、そうすると村山たかも僕かね」

「女にしつこいのはもてませんよ本間さん」

そこへ平岡次郎が入ってまいりました。本間はその顔を見るなり

「おお、平岡君。今日は一度僕が撃剣の稽古をつけてやろう」