昭和57(1982)年の夏、当時関西に住んでいたので、一度だけ高校野球を見に甲子園に行った事があるのです。
この年は一大ブームとなった早実荒木大輔投手の最後の年でしたが、それと共に、実力がありながらなかなか甲子園への切符をつかめなかった、徳島池田高校の好投手畠山準が、最後の夏にして悲願の甲子園出場を決めた事も話題になっていました。
しかも初戦の相手、静岡高校の大久保投手も県大会で豪腕を発揮しており、「優勝候補同士の戦い」「大会屈指の好投手が初戦で対決」と大いに話題になっていたので、「野球はピッチャー」な僕としては、これは何としても見に行かなければと決心したのでした。
意外に思われるかも知れませんが、この大会を「やまびこ打線」と呼ばれた強力打線の活躍で優勝した池田高校ですが、優勝候補の筆頭ではあったものの、前評判は「豪腕畠山を擁するチーム」という印象が強く、強打のチームとは言われていたものの、まさかあそこまですごいとは誰も思っていなかったのではないでしょうか。
さて、甲子園には朝イチで行き、無料の外野席に座りました。その日の第一試合は北海道の函館有斗高校とどこか(笑)。…すみません。対戦相手は忘れてしまいました。
この試合で驚いたのは函館有斗高校の応援席がガラガラだった事。ほぼブラスバンドしかいない状態でした。
(試合前にランニングする函館有斗高校の選手たち)
(函館有斗高校対どこかの高校の試合開始の礼)
あ、今調べたら対戦相手は坂出商業でした。ええと…、愛媛県?香川県?
本当にゴメンナサイm(_ _ )m
そして続く第二試合が池田高校対静岡高校。
(静岡高校の攻撃。守る池田ナイン)
マウンドで投げているのが畠山投手です。それと、この時はまったく知りませんでしたが、写真右端、レフトを守っているのが翌年「阿波の金太郎」として甲子園を席巻する水野雄仁選手という事になります。
試合の方は、「大会屈指の好投手同士の投げ合い」という前評判とは違い、意外にも打撃戦になりました。今考えると、それこそ「やまびこ打線」の「打ち始め」だったワケですが、豪腕投手の快投を期待していた僕は、かなりガッカリして試合終了と同時に席を立ちました。
なにげにグラウンドに目を向けると、次の試合で先発する投手がウォーミングアップを始めていました。
「え?畠山や大久保よりこっちのピッチャーの方が球早くないか?」
と一瞬気を引かれましたが、もう帰ると決めてしまったので席に戻る事もなく甲子園をあとにしました。
僕が家路に向かっている最中に、あのピッチャーがまさか9回2死までパーフェクトという、球史に残る好投を演じていたなんて知る由もありませんでした。
そう、この日の第三試合は佐賀商対青森木造高校。佐賀商のエース新谷がノーヒットノーランを達成したスゴイ試合を、僕はみすみす見逃してしまったのでした。


