【Episode.1 祈り 】
2
さっきまで良かった天気は急激に悪化し
空は次第に重たい雲に覆われ始め
今にも雨が落ちてきそうになってきた。
庭の風景は急に色彩を失い
沈んだ世界へと変貌し
そして遠雷がきこえた。
老女は庭の木の下で、
遊んでいる女の子に
家の中に入るよう促す。
「おばあちゃん!プークも
おへやであそんでいい?」
女の子は彼女に駆け寄って問いかける。
「ああ、いいよマコマ
連れて行きな」
マコマと呼ばれた女の子は
ロッキングチェアの
肘掛けに乗った彼女の腕に
両の手を乗せ嬉しそうに数回飛び跳ねた。
その足元には、毛が短く耳は長い茶色の
大きな老犬が床に顎を預けて眠たそうに
身体を横たえている。
「プーク!おきてよ!おへやであそぼ!」
マコマは老犬を覗き込み
甲高い声で話しかけた。
老犬は、まるで人間のように
額にしわを寄せ、面倒くさそうに
上目使いの視線だけを返すのだった。
いくら呼びかけても
尻尾をゆっくり振るだけで
老女の足元から離れようとしない老犬に
マコマは頬を膨らませた。
「もういいよ!
プークのいじわる!」
木人形を引きずりながら
家の中へ入っていく。
辺りはさらに色を失い暗くなる。
そして、稲妻が走る。
椅子に座る老婆の影が一瞬色濃く伸びる。
その隣に立つ咥えタバコの男に影はなかった。
遅れて雷鳴が轟く。
「…さっきの話だけれども」
「……」
「私はどうしてもあの子を助けたい…
できる限り長く生きて続けて欲しい…
よりによって、あの人に殺されるなんて…
あんまりだわ…」
彼女は祈るようにそう言った。
足元で寝そべっている老犬が
怠そうに、ゆっくりと尻尾を一振りした。
男は咥えていたタバコを
左手の人差し指と中指で挟み
深く息を吸い込む。
タバコの先が赤く光った後
ふうっと透明な煙を吐き出す。
暫しの沈黙の後
「…わかりました、ガティア
貴女の大切なお孫さんを救ってあげます。
…但し私が人の願いを叶えるには、
それ相応の代償が伴いますがね」
男に「ガティア」と呼ばれた老女は
少し笑ったように見えた。
「ありがとう、旧き友よ」
「…まだ、友と呼んでもらえるとは光栄です」
次の瞬間、稲妻が走る。
辺りが白黒の世界になった。
同時に臓腑にまで響く衝撃音が拡がる。
男は知っていた。
これからガティアの身に
何が起こるのかを…
庭の木が燃えながら
スローモーションのようにゆっくりと倒れる。
その時ガティアと男は
なにやら言葉を交わしていたが
雷鳴で掻き消され、聞き取れなかった。
再び稲妻が走る。
ガティアの顔が映し出されたとき
彼女の顔は安らかな笑みを浮かべていた…


