隣町危機、国の指示待てない 
岩手・住田町が即断で仮設住宅

2011年5月16日

東日本大震災発生からわずか2週間前後で仮設住宅を造り上げた岩手県住田町に、全国から視察が相次いでいる。
町は、壊滅的な被害を受けた同県陸前高田市など「隣町の困っている人を放っておけない」と、国が定めた手続きをあえて無視、独断専行で建設を進めた。
その常識破りの対応ぶりは、大災害対応を見直す自治体への教訓となりそうだ。
 
陸前高田市中心部から20キロほど山道を走った住田町の集落に、平屋の木造住宅が並ぶ。「陸前高田や大船渡の被災者に住んでもらう仮設住宅です。木材は地元のスギ」と同町の住宅建設会社社長、佐々木一彦さん(66)。
間取りは定番のプレハブ仮設と同様の2DKだが、木のぬくもりが伝わる外観が特徴的だ。
大震災でも大きな被害のなかった住田町。
だが、多田欣一町長(66)は発生3日後に佐々木さんに仮設住宅の建設を依頼した。
2004年のスマトラ沖地震など国内外で頻発する災害を踏まえ、町長は以前から町特産の木材を使った仮設住宅の構想を練っていた。
そこに起きた震災。佐々木さんは作製途中の図面を大急ぎで仕上げる。
 
110棟分約3億円の支出は議会の議決を事前に必要としない専決処分で決定。
国や県の指示を待たない独断だった。
仮設住宅は、災害救助法で県が被災市町村の状況を把握し、場所や数を調整して建設を始めることになっている。
町の独自建設が国の補助対象となるかは不明だったが、「それでもスピードを優先した」と町長。
被災地全体でも着工すらわずかだった3月下旬、一部の木造仮設住宅を完成させた。
震災発生からほぼ2週間という早業だった。
これまでに30棟が完成し、既に入居している。
今月(5月)下旬の全棟完成を目指す。
地元の木材を町内の業者で加工・建設したため、1戸250万円と一般のプレハブより安く、資金も趣旨に賛同するNPOから全額支援を受けられることになったという。
 
一方、仮設住宅を担当する厚生労働省には「県の調整が遅い」という苦情が被災市町村から殺到。
同省はようやく4月15日、仮設住宅建設を県が市町村に委託できると周知する通知を出すことになった。
地方自治に詳しい辻山幸宣・中央大大学院客員教授は「大震災などの非常時には、ルールに縛られず現場で最善の行動をすることが重要。
国や県はこうした事例を検証し、規則や役割分担の見直しに生かしてほしい」と指摘している。

(中日新聞・杉藤貴浩)







多田欣一町長のような行動力のある方が中枢のトップだったら…
こんなことにはならなかったかも…と、思ってしまいます。





<福島第1原発>
警戒区域内のペット
米動物愛護団体が関心

毎日新聞 [5/28 10:59]

【ロサンゼルス堀山明子】
東京電力福島第1原発事故の警戒区域に取り残されたペットの救出活動に対し、米国内の動物愛護団体の間でも関心が高まっている。
一部の団体は被災地で救出作戦に直接参加。
インターネットを通じて日本政府に動物保護を求める署名運動も始まった。
いずれも05年のハリケーン・カトリーナが米国を襲った際、ペット同伴の避難を認めずに問題化した経験を生かしてほしいと呼びかけている。

ロサンゼルスの動物愛護団体「ラストチャンス・フォー・アニマルズ(LCA)」のスタッフ、チャールズ・ハーミソンさん(32)は3~4月の2回、福島県富岡町など警戒区域を含む被災地で計128匹の犬や猫などを保護し、被災地の動物を一時預かるボランティアに届けた。

ハーミソンさんは被災地で、ペット同伴禁止の避難所に入らずに自家用車内で眠る被災者を見て、カトリーナ災害の際にペットと引き離されるのを拒否して被災地に残った住民たちを思い起こしたという。
当時、5万匹以上の犬や猫が被災地に置き去りにされる一方、避難を拒否する住民も相次いだ。
このため翌06年10月、緊急避難時にペット同伴を認める「ペットの避難・輸送基準法」が制定された。
ハーミソンさんは「ペットを救うことが被災者を救うことになる」と訴える。

一方、カトリーナ災害の避難支援活動に加わった有志が再結成し、今月23日までに日本政府に動物保護策を求める署名を1万420人以上集めた。
団体名は、米国でも映画化された日本の忠犬にちなんで「ハチ公連盟」。

日本語資料を英訳するボランティアチームと連携し、動画投稿サイト「ユーチューブ」でペットの救出を訴える福島県南相馬市在住の愛猫家女性の姿を英語字幕付きで自らのサイトにリンクするなど、日本の実情を刻々と伝える。

連盟の発起人、ジョン・オブトンさん(35)=サンフランシスコ近郊在住=は毎日新聞の取材に「福島の被災者は今、放射能の危険にさらされている。
人と同じ影響を受ける動物たちも一緒に避難させてほしい」と語った。









日本政府は、恥ずかしくないのだろうか…


日本人はそんな非情な人種なのか…


原発問題は違う方向ばかり取り上げられ、20キロ圏内の動物達は忘れ去られようとしている…


もう言葉が出ない…
言いたいことは…同じ
お願いだから、尊い命を救える命を…



助けて!






俳優の山本太郎が、27日、自身のツイッターで所属事務所のシスカンパニーを辞めたことを報告した。

シネマトゥデイ [5/27 23:10]


山本は、27日21時半ごろのツイッターで、「事務所辞めました!今日。これ以上迷惑かける訳いかないから。辞めるな、と社長、スタッフの皆さん何度も引き止めて下さった。最後には僕のわがままを聞いて貰いました。13年もいたSISは正義感強く情に厚い事務所。もう関係ないから事務所への電話しないでね。他の役者に迷惑かかる(原文ママ)」と報告した。


福島第一原発で起こった原発事故のあと、「 反対。って言うと、芸能界で仕事干されるんです、 御存知でした?でも言ってやります、反対!」と山本は、脱原発を自身のツイッターで声高に訴え、デモに参加するなど原発反対運動を続けてきた。


福島の子どもたちを疎開させるべく立ち上げられたプロジェクト「OPERATION KODOMOTACHI」では、7分以上にわたるメッセージを送り、23日には文科省の前で、福島県の親たちとともに、福島県の学校に通う子どもが受ける放射線量を年間1ミリシーベルト以下にするように訴えた。


文科省前で、「何も行動しなければ、僕は自分を許せない」とわれわれの取材に応える一方で、長年所属してきた事務所に対しては、「たくさんの役者さんが所属している事務所なんで、あまり迷惑はかけたくないんですが……」今は見て見ぬふりをしてもらっている状態なんです。本当に感謝しています。と複雑な気持ちを伝えていた山本。

今回、ツイッターで、原発発言が問題となりドラマがなくなったと告白したことが波紋を呼び、事務所まで取材攻勢の電話が及んだことで、「これ以上迷惑をかけられない」という気持ちになったのだろう。


27日、文科省の高木大臣は会見を開き「福島県の学校に通う子どもが受ける放射線量を年間1ミリシーベルト以下にすることを目指し、毎時1マイクロシーベルト以上の線量のある学校に対しては費用の支援もおこなう」と、発表した。


23日、山本太郎とともに文科省前で20ミリシーベルト問題を訴えた「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の中手聖一さんは、「本当に小さな小さな一歩ですが、皆さんの力が、国を動かしたと思っています」と声を震わせ、孤立無援の状態でも、声を上げ続けた山本に、「福島出身でもない山本さんが、わたしたちと一緒に声をあげてくれたことは本当に心強かった。わたしは彼に、勇気を出してくれてありがとう、と言いたいです」と語った。
(編集部:森田 真帆)






山本太郎さん。

好きな俳優さんの一人。

とても男気のある、魅力ある人。

出る杭は打たれる…嫌な世の中…

自分の信念を貫き、周りの人々に迷惑を掛けないよう配慮する心。

多くの人が忘れがちな心を、自らの行動で示してくれた。
山本太郎さんをこれからも応援していきます!!