緊急事態条項が急がれる理由として「いつ発生するかわからない大規模災害やテロなどに備えて国が迅速な対応」を取ることの必要性を挙げた。

 

あんたらが災害だよ、という話はさておき。

 

たとえ時代に合わせて憲法を微修正する必要が生じることがあったとしても、今回の改憲議論のように憲法の基本理念を確実に損なう緊急事態条項ありきで強引に話を進めることについては私は反対です。

 

私はもともと、ゲノム編集の技術が進んだ今となてっは「オールド」が頭につくバイオテクノロジー畑の人間なのだけど、その知識をもとにちょいと書いてみます。

 

ほな行こかー。

 

(以下、小指の爪の先ほどだけまじめに書いてみる)

 

我が国のみならず多くの知識人がこの「緊急事態条項」のねじ込みに危機感を持っているのは、憲法の基本理念を蝕む可能性大であるこれが国家の在り方をガラッと変えてしまう点にあります。体制側が国民の同意を待つことなしにそれを無理に行うことは、反体制側が暴力革命を目論む行為と何ら変わらない。

 

「緊急事態条項」については、国家の生命構造そのものに関わる問題として捉えるべきだと考えています。

国家をひとつの有機的生物とみなすと、憲法はその生物のDNAに相当します。DNAは、生物の形態・行動・代謝・免疫・繁殖といった「生き物としての基本仕様」を決める最深層の情報です。では、緊急事態条項とは何を意味するのか。

 

生物のDNAには、体の形を決める遺伝子、代謝を調整する遺伝子、免疫を制御する遺伝子、などなど、さまざまな層があります。その中でも特に危険なのが、「制御遺伝子(regulatory genes)」と呼ばれる領域です。制御遺伝子というのは、どの遺伝子がいつ動くか、どの期間がどれだけ成長するか、どの細胞がどれだけ権限を持つか、そういった全体のバランスを司るものです。

 

緊急事態条項は、まさにこの制御遺伝子に相当する部分を改変するものです。

 

国家を生物のような有機体と見なした場合、行政、立法、司法、地方自治、こういったものは、それぞれ異なる器官、異なる細胞としてはたらいています。これらが互いに抑制し合うことで国家という生命体は健康を保つことが可能になります。

 

しかし緊急事態条項の導入によって「行政に権限が集中する構造」が生まれてしまうと、これは生物学的には「細胞の暴走」に近い現象が発生したということになります。ぶっちゃけて言えば、それは、ガン化であり、免疫の抑制であり、ホルモンバランスの崩壊に相当する状態です。その結果、その生物は本来の形質を失って異なる方向へ変質してしまう。

 

歴史を鑑みれば「緊急権限」は一度導入されると必ず恒常化します。

 

たとえばワイマール憲法の緊急措置法、ロシアの大統領権限強化、ハンガリーの非常権限の恒久化。いずれも「例外だから大丈夫」「緊急時だけだから問題ない」という説明で始まりました。しかし、例外規定は一度発動されると、国家の通常モードそのものをウイルスのように上書きしてしまう。これは生物学で言えば、突然変異が固定化して別種の生物になるプロセスに近いものです。一度そうなってしまえばもはや「昨日までの愛すべき我が母国」はもはや無い。

 

緊急事態条項の議論では地方自治の権限が大幅に制限される可能性が指摘されています。国家を有機体とみなした場合、地方自治は「末梢の代謝系」です。地域の判断、現場の対応、多様な環境への適応、これらは国家の生命活動を支える「代謝」そのものです。ここを中央が一括で奪うというのは、生物で言えば代謝器官の停止に近いものであり、災害時にはむしろ中央よりも現場の判断力こそが生命線です。

 

憲法改正は、法律の改正とはまったく異なる次元の行為です。

法律は細胞の入れ替えに過ぎませんが憲法は遺伝情報そのもの。そして緊急事態条項のような権力集中型の改憲は、国家の「制御遺伝子」を書き換える行為です。制御遺伝子の改変は生物の形質を根本から変えてしまう。国家も同じです。

 

現政権は緊急事態条項について「災害に備えるための合理的な制度」と説明しています。しかし、国家を有機体として見た場合、これは国家の生命構造そのものに手を入れる行為です。

 

権力の集中、例外規定の恒常化、地方自治の剥奪、立憲主義の弱体化、これらはすべて、国家に「突然変異」を引き起こす要因です。そして国家のDNA編集は一度行えば元に戻すことは極めて難しい。

だからこそ、この議論は慎重すぎるほど慎重であるべきだと私は考えます。