こないだ南米のアヤワスカに関する記事を書いたことで、変な人に目をつけられてしまったようで、よくわからないお叱りのようなメッセージをいただいてしまいましたが、せっかくお言葉をいただいてお返ししないのもどうかと思うのでこの言葉を贈りますね。

 

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「なんて馬鹿なんだ君は!間抜けにもほどがある。正気でしかも幸福だなんてことが絶対にありえないってことぐらいわからんものかね?正気の人間で幸福だなんてことはありえないんだよ。つまり正気の人間にとっちゃ当然人生は現実なんだ。現実である以上どんなに恐ろしいものであるかはいやでもわかる。狂人だけが幸福になれるんだよ」


(マーク・トウェイン「不思議な少年」から、少年天使サタンのせりふ)


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アヤワスカのような幻覚剤で「宇宙の真理」「人生の意味」を知れた人というのは幸せなことなんですよ。

 

勘違いして狂ったまま人生を終えることができればそれ以上の幸せって無いんですよ。

 

私はひとさまの幸せを叩き潰そうなんて野暮なマネはいたしません。

 

 

かつて科学(化学)の前身であった錬金術の世界では、錬金術師には最終的に「真理の扉」を開ける時が来て、扉の向こう側を見る試練が課せられるのだけれど、ほとんどの者がそこで発狂してしまい、その最後の試練を乗り越えたものだけが賢者となれた。というような伝承があるんですよね。もし扉の向こうが虚無(世界の無意味さ)であったとしたら…、それに絶望して発狂してしまうのが宗教者であり、それに耐えられるのが科学者なんじゃないかと一応は科学者の端くれである私は思っています。

 

ああいう体験にスピリチュアルな意味があるのだとすれば、私はあれは精神の強さを計る「最後のふるい分け」なんだと思いますね。

 

そもそもアヤワスカって、元々は宇宙の真理を知ったり悟りを開くようなことを目的とするものではなく、次代のシャーマンに守護精霊を引き合わせて一人前にするための儀式であって、こういう言い方が正しいかどうか知りませんが、その土地での「縁(えにし)」でするものであり、今の観光産業化したホリデーシャーマンたちによる寄ってらっしゃい見てらっしゃいの商売につられて大金払ってするようなもんじゃないと思いますよ。

 

曲は「鋼の錬金術師」から『The Awakening』