経産省は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と24年から懸賞金活用型プログラムを始めており、今回もその一環となる。国産生成AIの基盤モデルなどを活用したAIエージェント▽官公庁の審査業務の効率化▽生成AIのリスク探索・低減――の3領域について、国内法人と団体から募集する。
 懸賞金を出す時には製品が出来上がっている仕組みのため、研究開発の支援に比べ社会実装が早いと期待している。生成AIの基盤モデルは、プリファードネットワークスの「PLaMo」など、政府が開発を支援する「GENIAC」採択事業社の活用を想定。「チャットGPT」など海外製を使った際は、提案書に国産モデルを使用しなかった理由の説明を求める。

 

いい歳ぶっこいてタイパを考えちゃう丸投げ役人のいる風景 (;´∀`)

 

安倍さんのときに「役に立たない基礎研究には金出さない」ことにして今のていたらくがあるのに、相変わらずすっとぼけたことばかりやっとるもんだと感心しますわ。

 

そもそも世の中のためにならないボンクラボンボン七光り政治家どもに、何が世の中の役に立って何が役に立たないかの判断なんてできるものなのかね。

 

少子化以上に深刻な日本政治の笑止化 ( ´ー`)y-~~

 

ま、いいや ┐(´∀`;)┌

 

 

この人をリベラルだとして非難している連中がさっそく出てきたけれど、もともとキリスト教なんてリベラルそのものなんですよ。

 

汝の隣人ぶっとばせ右の頬を打たれる前にやったるわ。みたいなトランプ大統領や、その票田であるカルト化したアメリカ福音派が、むしろ頭おかしいという話なんですわ。

 

ま、私はあんまり興味ありませんけどね。法皇の政治的影響力なんて毎度知れたものですし。

 

ちなみにこの方、数学者です。

 

 

農水省のように何の策もなくあわてて増産することばかり考えていると、すでに米離れしつつある状況下で今度は米余りになるんじゃないですかね。けっきょく稲作農家は浮かばれないと。もう一度言いますが何の策もなく毎度行き当たりばったりなのが問題だと思いますわ。打てる手はいくらでもあったのに。

 

 

アメリカの大学で初めてエッセイを書く授業を受けたときのことです。私は日本で慣れ親しんだ「起承転結」のスタイルを忠実に守り、エッセイに取り組みました。

「起」で背景を説明し、「承」で話を具体化し、「転」で驚きの展開を持たせ、最後に「結」で結論をしっかりまとめる。日本ではこの形式が美しいとされ、読み手に深い印象を与えるものだと教えられ、そう信じていたからです。

ところが、提出したエッセイが返却されると、教授から厳しいフィードバックが書かれていました。「なぜ途中で議論がそれるのか?」「結論がどこに向かっているのかわからない」「もっと論理的に書きなさい」──私は驚きと同時に困惑しました。私にとっては、自然な流れで進んでいる文章が、アメリカ人には「論点がずれている」と感じられるとは思いもしなかったのです。

 

ああ、これホントにそうなんですわ。私はもともとが日本で幼い頃から頭おかしいと言われてきた人間だから、今も遊びで書いているブログでさえ最初にドカッと結論(と自分が思うところ)をぶちまけてしまうけれど、向こうに行ってこんなふうに「わけわからんことをくどくど書く東洋人」という指摘をされたことがないです。

 

 

 

こないだフェニックスだった気がするけれど絵が同じじゃね?と思ったら微妙に違っていた。

 

そういや頭おかしい子だった私は幼少時代に変な幻覚を見た記憶がある。

 

 

あれ?と思って今までヒマつぶしにやったこの手の診断ものの過去記事を見てみたらもののみごとに鳥ばっかり。

 

 

 

 

なんか鳥さんと縁があるとか? いや、無いな。