鹿児島県選挙管理委員会・事務局担当者:
「他力本願」という言葉は「もっぱら他人の力をあてにすること、他人任せにすること」という意味で使用しまして、「こんな知事には鹿児島県を任せておけない」と思ってしまうような、頼りない架空の知事キャラクターを表現する意図で使用したところでした。

「すべてを他人任せにする知事」という意味で作ったという「他力本願知事」。
これに抗議したのは、浄土真宗 本願寺鹿児島別院だ。

鹿児島県選挙管理委員会・事務局担当者:
「他力本願」という言葉を使用しておりましたけれども、本来の仏教上の意味合いに照らしたときに、言葉の使い方が適切ではないという趣旨のご指摘(を受けた)。

本願寺鹿児島別院の関係者:
「他力本願」とは、浄土真宗の中でも柱となる大事な言葉。間違った意味で否定的に使われるのは本意ではなく、見過ごすことはできない。

この関係者によると、「他力」とは「他人の力」ではなく、「仏様の願い・思い」のこと。
つまり「他力本願」とは、「仏様が人々を救おうと導いてくれる」という言葉なのだという。

 

ふーん (・ω・`) めんどくせ。

 

その阿弥陀如来さんとやらをまったく信じる気になれないからどうでもいいかな。

 

でも、人間には自分の力ではどうにもならないことも多々あって、望んだわけでもないのに生まれてきてしまうことから始まり、堅実な生活設計を立てたとしても危険の多いこの世界で死ぬのはずっと先とも限らない。だからこそ死に際しては「弥陀の本願」に委ねるとか、「神のみ心のままに」とかいう発想が生まれてくるんだろうと思う。

 

阿弥陀如来も、天にまします父も、とうてい信じられない私のような者は、ま、こんなもんかハハハと皮肉っぽく笑いつつ逝くのかも知れないな。
 

正直言えば、あの世があろうがなかろうが、私の与り知らぬところであって興味もない。それこそ知ってどうにかなるものでもなかろうが、と思うがゆえである。

 

生きてるうちは生きておく。それ以外を考えようとは思わない。

 

 

 

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恐れずにペンを持って
一緒に夢を書き
一緒に希望を描こう
風に乗り

稲妻と踊り
星に触れ
雲に届こう

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