早稲田大学の石田光規教授(社会学)は「現役世代の孤独は、恒久的な問題になりつつある。政府は地方自治体と協力して支援に注力すべきだ」と語る。
この先生は「無縁社会」という言葉をNHKの番組が使った年(2010)の翌年に「無縁社会への処方箋」という本を書いておられ、ずいぶん軽いノリの本だなと思った記憶があります。
もし時間を遡る技術があって、いろんな時代に遡って同じアンケートをとってみれば、ほぼ全く変わらないデータが取れると思うのですよね。
だって、ブッダやキリストの説いたものにしてもそうだし、宗教のみならずギリシャ哲学の昔から孤独というものについてはあれこれ言及されているわけですから、孤独というものは人類にとって宿痾(慢性病)のごときものなんだと思いますよ。
生物学的に人間は群れで生活を営むようにできていて、思考とは別の部分、遺伝子レベルで「群れを作らなきゃ」という信号あるいは意思がはたらいているじゃないですかね?だからこそ「群れを離れるのはこわい」。それが孤独の正体なんじゃないかと思っています。
(私はもともとそっちの分野の人間であるからそう思うのかも知れませんが、観察すればするほど、遺伝子の基礎部分は生物種全体を保存して遺伝子自体が生存する確率を上げようとするもので、その保険としての各個体の多様性に対してはきわめて冷淡なのだという印象を持っています。)
孤独を忌避する本能は誰にでも当たり前に備わっている生物種としての一機能だと思えば、わざわざそんなものに気を取られて自分を苦しめていることもない気がするんですがね。
あゝこの寂しさ、孤独感…。私も人間という生物としてまっとうだったんだ。
と思えばよろしいかと。
じゃあオメーはどうしてふだん山ん中に一人で暮らして平気どころか楽しそうなんだよと問われるかも知れませんが、私にもわかりませんね。生命の営みやら遺伝子の思惑やらに愛想尽かして人間やめちゃったからじゃないですか?
インドではブッダといい、中国では仙人といい、日本では鬼という。
私はそんな、生物界のハグレモノなんだと思いますわ。
ぶはっ(≧∇≦)