石川ではまだ始まっていないようですが、道路状況について県が地図を用いて報じているのを見ると、いまだ陸の孤島のようなひどい状況が続いているんだなと。

 

もっとも省庁自治体各部署の人員や機材の配置や進捗状況がリアルタイムで得られる現場と違って市井の人間がネットで集められる情報など知れたものなので今の私が余計なことを岡目八目知ったふうに語ろうとは思いませんが。

 

 

ネットでは東日本大震災のときに来た就活生や学生のボランティアはろくなのがいなかった、みたいなことを得得として書いている人が相変わらずいたりしますが、働き蟻の中にただ一緒になって歩いているだけの蟻がいる話のように、どんな集団にも一定数そういうのは見られるものなんですよ。そういうのを見て全体を評価するのは間違いだと思いますね。

 

少し前の記事で、

 

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一時は災害ボランティアに行ってきますといえばSNSで売名だの大学生の就職活動の一環だのなんだのと余計なことを言うやつがいたもんですが、志があって現地に行ける人は受け入れ準備が整い次第、気にせず行ったほうが良いと思います。
現地のボランティアの一人一人の労力は「1」ですが、ネット上で賢ぶって知ったふうなことを抜かす人間の労力は「0」でしかないんですよ。
ゼロは百万個集めてもしょせんゼロです。現地で必要なのは「1」を集めた力です。
ネット上の「存在しない」「力なき」人々の厭味など気にするだけ無駄だと思いますね。

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なんてことを書きましたけど、

 

こういう作業ってのは人間がやるしかない部分なんですよね。倒壊した家をそのまま重機で押せるような話じゃない。だからこそ人手では多ければ多いほどいい。

 

東日本大震災のときには退官した自衛官もずいぶんボランティアに参加していたけれど、さすがに心得たものだなぁと感心した記憶がありますよ。

 

あとボランティアとはまた違う話だけれど、被災地を食い物にするのってのは必ず出てきます。役場にケツを持たれて体裁を整えて出てくるぶん、有志のボランティアなんぞよりよほどたちが悪い。今後はそういうものの動きを監視しておく必要もあるでしょうね。

 

 

ついでに言うと松葉杖ついて被災地に乗り込んだ政治家がいましたが、松葉杖と車椅子が必要な状況にある人って災害の用語でいうと要援護者なんですよ。人を助けるどころか人の助けを必要とする人です。私も一時期足を故障して杖をついていたのでよくわかりますが、ちょっとの歩行や作業でも歯を食いしばるような痛みに耐えて脂汗流すのが杖をつく状況。二次災害の危険のある発災当初にそういう人がわざわざ被災地に入ってうろちょろしちゃいかんと思いますよ。ま、普通に考えれば簡単にわかりそうな話だと思いますが。