初めての共通テストとなった2021年度(令和3年度)入試の問題を見ると、数学の問題では、中高一貫校の適性検査型入試でおなじみの太郎さん花子さん問題が出されていました。問われる内容はこれまでのセンター試験とさほど変わらないのですが、国語のように文中にある穴を埋める形式になっているため、読解力が求められました。もちろん、数学的知見がなければ答えを導き出すことはできませんが、読解力も求められたのです。

そして、各大学で実施する入試についても変化が見られます。共通テストの実施に合わせたかのように、入試科目を変更する大学もありました。また、早稲田大学の看板学部、政治経済学部が共通テストの数学の受験を必須にしたのは大きな話題となりました。これにより“私立文系は数学ができなくても合格できる”という神話が崩れることになりました。

 

数式は世界共通語。

数学は万学の礎(いしづえ)。

もとより文科・理科は分かち難きものである。

 

と、数学屋のはしくれである私なんぞは思っています。

 

なにも難しいことは無い。それをなにかスゴイことみたいに思って、それを扱えるだけでふんぞり返っている連中というのは、はっきり言えば滑稽な人々だと思うのですよ。なに威張ってんのコイツみたいな。

 

私が大学生だった頃に出回り始めた「マンガでわかる○○」系の本というのを私は小パカにしていたのだけど、ある定食屋に入った時、どう考えてもその店には場違いな「漫画でわかる物理学」系の本があり読んでみた。これが結構わかりやすくて面白かったんですよね。

 

「マンガでわかる経済学」的なものの場合、筆者の主観と主張とが強く前面に出ていて、え?そこ違うよね?と思うものも少なくないのだけれど、およそ理科系のものについていえば、そういう個人的な感想・解釈というものを交えようがないぶん、きわめて正確な知識を身につけるに足るものだと思いました。

 

数学…今さらなぁ。と思う向きは、いちどそういうマンガでわかる系の入門書的なものに目を通すと数学の普遍性と面白さに気づけるかも知れませんね。

 

もともと農学(生命科学)にいた私が数学への転向を志した時、まわりはこう言いました。数学なんかやって何の役に立つの?と。でも、農学においても数学は重要だったし、あらゆる学問において数学無きところに「実学(実社会で役立つ学問)」は無いと思っています。じっさい私なんぞは数学の天才ではなかったけれど実学の裏付けとして数学を応用することでメシ食うとるわけですし、役に立たなかったことは一つも無いですね。

 

数学についてまったく自信の無かった私の数学的な感覚を高く評価してくれていろいろ面倒見てくださった恩師(まだ生きとる有名なジイ様なので名前を出すのは控えます)は、最初の講義で学生の前で「君たちが今までやってきたことは数学なんてものじゃないです」と言っていましたが、数学苦手だったんだよねー、という人が多い原因の一つは「数学をわかっていない先生」による数学教育だっただろうと思います。数学がわかっていない人ほど数学というものをこの世界から切り離して「暗記」と「事務処理」にしたがります。その最たるものが今までの高校までの数学教育だった気がしますね。

 

なお、私は今現在は縁あって必要とされて災害分野の仕事をしておりますが、本来は震災原発事故に見舞われるまでは、望んでその道を選んだ農民でした。今は自給的なことしかしていませんが、私が数学と農学を修めていたところで、作物を無駄なく失敗なく作り出せるかと言えば…無理ですね。

 

毎年ナス作ってるけど近所の婆ちゃんの作るナスにいまだ勝てやしねぇ(;´Д`) 生命はたとえクローニングして同じ情報を持っていたとしても、デジタル化のできないアナログな存在なんだと思いますよ。だから数学を以てしてもそれを捉えることは難しいし追いつかない。

 

生命の営み、あるいはふるまいといった、そのカオスの縁を我々は認識することは出来ても干渉することは出来ないんだろうなと思います。だからこそその深淵を覗き見ようとする好奇心は尽きないし、やっていて飽きることがない。

 

実学にせよ研究にせよ学問の面白さってまだ見ぬ答えを探しに行くあたりにあるんだろうなと思いますね。その旅をするためのランタンとなり杖となり道に迷わないためのお守りとなるのが、数学という、この世界を知るための基本中の基本となる技術なんだろうと思います。