小林麻耶さんのブログをのぞいてみたら、何やら呪われていて旦那はんの力で守られているみたいなことが書いてあって、すごいことになっているなと。(≧▽≦)♪

 

 

この記事を見てわかる通り、呪いが成就するには必要なものが三つあるんですよ。

 

その一つめが、今からお前を呪っちゃるわ、という「宣言」。

 

二つめが、宗教的、霊的な、目に見えぬ力(呪詛)を扱えるのだという「権威」。

 

三つめが、呪われる側の、見えない力とそれを扱う権威への「怖れ」。

 

どれが欠けても成就しない。

 

ぶっちゃけ、私のような本物の魔法使い(今は科学者と呼ばれるもの)は呪詛や念力のようなものをまーったく信じていないし、相手が大臣様だろうが社長様だろうが教祖様だろうが、ふんぞり返ってタメ口きいてるような、権威などクソ喰らえな人間であるがゆえに、どんな強力な呪いをかけてくださっても蛙の面に小便、屁の河童、というやつで、さーっぱり効きません。

 

じっさい、変な人たちにアンタおかしいよ、と言ってしまったばかりに、天罰下るぞ祟られるぞ呪われるぞ不審死するぞ、と言われたことは山ほどあるけど、それは私の笑いのツボを刺激する言葉でしかないがゆえに、いまだかつて、そういう人たちのお陰でおっちぬどころか健康を害したこともない。

 

呪いってのは、…しょせん、そんなものです。

 

ところが呪う側はほんのわずかでも心の中にそういうものを信じて恐れているから相手に呪いをかけようとするわけで、そのいやらしい手を逆にひねって、相手の怖れを利用してやれば、簡単につぶすことは出来るんですよね。

 

呪詛をかけた側にこちらがシレっと呪詛返しをできるふうにほのめかしておくだけで、呪詛を放った(つもりの)相手は自身の憎しみのぶんだけ自身をじわじわ削ってくれます。こちらが日々楽しく美味いもの食って暮らしている間に、彼らにとっては箸が転んでも怯える毎日。それはもちろん明らかに単なる自滅でしかないものだけど、見えない力に少しでも怖れを抱く相手にとってはそうではない。間違いなく現実的な呪詛返しが起きていると思える事でしょうね。あゝなんて見ていて面白い、この情けない呪術師たちの…ザマ。
 

史実かどうか知りませんが、たしかお釈迦さんの話だとされるものにこんなのがあった気がします。すなわち…

 

 

呪いの語源は 宣(の)る…言葉にするということ。罵詈雑言とまったく同じものです。

 

だったらそんなものは要らないので熨斗を付けて返してやればいいだけだと思いますね。

 

 

相手にすべくもない愚か者は、勝手に呪って勝手に自爆(自縛)させておけばよい。